なんとなく、ぼんやりとした光に目を覚ます。
見上げたらそこにあるのは真っ白な天井。聞こえるのはどこかに行く鳥の声とバイクのエンジン音。
上半身を起こして部屋を見渡す。部屋の隅に置かれたベッドの上からは部屋全体が見渡せる。
真新しいカーテンも、父さんのくれた本棚もあるけれど、私の知らない、私の部屋

私の、新しい部屋

「……」

まだ慣れなくて仕方がない




光のある生活



とりあえず、ベッドからおりて簡単に着替えてしまう。
そんなにおしゃれをする必要もないから、ジャージとTシャツ。
寝癖はついていないかと手櫛で髪を梳かす。
それからカーテンを開けて今日初めて浴びる光に目を細める。
「……よし、」
小さく気合を入れて部屋を出る。

「おはようございます」
「お、おはよー」
リビングに入るとキッチンからひょっこりと顔を覗かせる人。
ジョセフ・ジョースター、不動産のお仕事をしていて、私に部屋を貸してくれた。
癖のあるらしい前髪を縛り上げて黒縁のメガネのむこうに緑色の瞳。
パタパタとそのままキッチンをぬけてつけっぱなしのテレビを見る。芸能人の結婚報道をやっていて、この前スキャンダルがあったばかりじゃあなかったっけと考える。
「この前パパラッチされたばっかだよなぁ。」
そういいながら両手にお皿を持ったジョースターさんがやってくる。
「あ、ごめんなさい手伝いもしないで」
「いいのいいの。じゃあ飲み物とってきてくんない?コーヒーいれてあるからさ。」
「はい」
ジョースターさんの横を抜けてキッチンにはいる。コーヒーメーカーに淹れたてのコーヒーが確かにある。大きな紺色のカップを食器棚からだして注ぐ。一緒に出した白いカップには何も注がずに片手にカップを二つ持って冷蔵庫からオレンジジュースをだす。
それを持ってリビングにもどる。もともと一人暮らしだったジョースターさんの家には低い足のテーブルとソファしかなくて、テーブルのまわりに座ってご飯というのが決まっていた。
座ってテレビを眺めるジョースターさんのところにコーヒーをおいて真正面に座る。テレビはもう天気予報に変わっていた。
「いただきます。」
「はい、いただきまーす。」
手を合わせて言うとジョースターさんも返事をするように口を開く。
ちょいちょい、とフォークで刺しやすいように野菜を集めてから突き刺して口に運ぶ。おいしい。
「あ、そうだ。シーザーちゃんさぁ。」
もくもくと咀嚼していると名前を呼ばれる
「なんですか?」
「今日どこも行く予定ない?」
「ないですけど……」
「あ、ほんと?じゃあ俺さ半日いねえから留守番しててくんない?」
「私でよければ」
「マジ!?やったー。あんがとねぇ」
年相応、というよりは全然若く、むしろ子供のような笑いをする。
最初の時は無愛想な感じかと思ったけれど、案外気さくな人だった。
まだ、少し慣れないけどここでの生活はとても楽しい。

楽しいから、何も寂しくないのだ。



「じゃ、いってきまーす」
「いってらっしゃい。」
仕事ではないのか私服で出て行ったジョースターさんを送り出す。
言われたとおりに鍵をかけてリビングに戻ってソファにたおれこむ。
「朝ごはんの食器は…水につけてあるからあとでもいいか…」
誰に聞かせるでもなくぼんやりと呟く。
「何するかなぁ。まだ特別休暇期間だから、課題もないしな…」
祖父が亡くなってから一ヵ月は特別休暇ということで休みをもらった。この期間は欠席したことにはならないみたいだ。
親族が亡くなったとしてもここまで休みをもらえるだろうかと思ったが恐らく葬儀以外にもやることもあるし、ショックもあるだろうからお休みなさいと尋ねるより先に言われてしまった。
「そのあいだの勉強はどうするか…ノート…は誰も見せてくれないだろうなぁ。自主勉か。」
クラスにそんなことを頼める友人がいないのが恨めしい。
「……このまま一ヶ月終わらなければいいのに。」
そう、このままが一ヶ月終わらずに永遠に続けばいい。ここで毎日その日気のままに暮らせたらどんなにいいだろう。
学校のことも何も気にせずにこのまま……

「…あほらしい」

すぐにそんなこと叶うわけがないと思い溜息を吐く。
テレビは消えている。つけようかなとも思ったが如何せんリモコンはテーブルの向こうだ。遠すぎる。
ふと、睡魔がやってくる。洗い物を済ませなきゃとも思ったけれどあとでいいよね、と思い直して少しずつ、少しずつ目を閉じる。







見えるのは父さんの背中。
聞こえるのは金槌の音。

「パパ、」

昔の呼び方で呼んでみた。自分の声が幼いことに驚きはしない。

「パパ、ねぇパパ」

何度読んでも振り向かない。聴こえるのは釘を打つ音
トントンカン、トントンカン
リズミカルなその音が私はとても好きだった
トントンカン、トントンカン
不意に音がやんで父さんの肩が揺れなくなる。

「シーザー」

名前を呼ばれて、父さんが振り向く
おいで、と言われて駆け出す。
父さんに抱きつくとなんの問題もないみたいに受け止められる。

「お誕生日おめでとう、シーザー。これを見てご覧」

そう言われてさっきまで父さんが向いていた方を見ると本棚だった。
それも、とても大きな本棚。寝かせられた状態だからどれほどあるかわからないけれどたくさん段がある。
その大きさに感動して何度もわあわあと声を上げる。

「君にこれをプレゼントするよ。」
「これから君はどんどん大きくなるだろう」
「何に触れ、何を聞き、何を見て、何に感動するだろう」
「何を学んでいくだろう。それは僕にはわからないけれど君が何に心動かされてもいいようにこれをあげよう。」
「君の好きなもので埋めるといい。僕はいつまでもそばにいれるわけではないから、僕の代わりにこれをあげよう。」

「君はどんな大人になるだろう。」
「うつくしい、誰かに頼られる、明るい女性になるといい」
「かつての君の母さんのように優しい女性になるのもいい」
「君の成長でこの棚を満たしておくれ。」



愛してるよ、シーザー――――







はっと目を覚ます。
勢い良く飛び起きて周りを見渡す。ベランダにつづく窓の向こうは赤く色づいている
「やっちゃったー……」
何時間寝たのだろう。朝の食器もそのままだし昼食もとっていない。
きっとジョースターさんが戻ってきているだろう。私が起きないから夕食の準備までさせちゃって……
「あれ?」
よく聞くと物音一つしない。というか、誰もいない?
半日で帰ってくると言っていたのに、なにかあったのだろうか。
夕日で赤く照らされたリビングを見渡す。静まり返って、外からも子供の声ひとつ聞こえない。

夢を、見たような。

いや、夢を確かに見ていた。そう、父さんが私に本棚をくれた時の夢。
父さんがいなくなる、前の日の晩の夢だ。
あの時私はその大きさと嬉しさから父さんの言葉をちゃんと聞いて理解しなかった。何を入れよう、何をどこに飾ろうとそんなことばかりに気を取られてた。
だから、私は次の日目を覚まして驚いた。
父さんがいない。家中探してもどこにも。
ちょうど仕事で家を出ていた祖父もいなかったから大きな家に一人で、私は泣きながら家中走り回ったりして。
天井がいつもより高く、玄関が広く感じた。
誰もいない気がした。ちょうど今みたいに

「……まさか」
嫌な考えが生まれる。いやいや、そんなバカな。あの人に限ってそんな。
だって留守番を頼まれたのだ。頼まれたということはきっと戻ってくる。大丈夫
「……大、丈夫」
自分に半ば無理やりそう言い聞かせて私は立ち上がりカーテンをしめてから部屋の電気をつけてキッチンにむかった。



- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

「シーザー?おい、シーザー!」
「えっ…?うぁ、」
顔を上げるとジョースターさんがいた。心配そうに、というか焦ったような顔をしている。
ソファに丸まるようにして座る私を覗き込んでいる。
「どうした?」
「なに、が…」
そこまで言って自分が泣いていることに気づく。頬がひりひりとして手で触ると濡れている。
そんなつもりはなかったが泣いていたのか。
「おかえり、なさい…」
「シーザー?」
「なんでもないですよ。ちょっと寝てただけ。ご飯しますね。もう八時になる」
「シーザーまって」
ジョースターさんの顔を見ないように立ち上がって横を抜け…ようとして腕を掴まれた
「どうした。」
「、なんでもないですよ」
「嘘だろ。そんな泣いてて何もないわけがない」
「ないですって…」
「ごめん、遅くなったのが悪かったな」
「だから、違うって……」
振り向かないからジョースターさんがどんな顔をしているか知らないし、もちろん自分の顔なんて見えないけど私はどんな顔をしているだろう。
笑えてないんじゃないと思う。
「ごめん、なかなかいい机が見つからなくて」
「机?」
つい、振り返るとジョースターさんが驚いたような顔をする。それほど私の顔はひどいのだろうか
「そ、机。シーザーちゃんいつまでも折りたたみテーブルじゃあ嫌だろ?だからさ。引越し祝いってことで」
「……」
「だからシーザーに内緒でいろんな店回って机探してたんだけどなかなかコレ、ってのがなくてさ。それでこんな時間に…」
「いやだ」
「え?」
無意識のうちに声が出ていた。頭がうまく回っている気がしない、心臓は踊り私の喉から切羽詰った声が溢れる
「いやだ!そんな、そうやってまたいなくなるなら私机なんていらない!」
「シーザー?」
「父さんも、おじいちゃんも、皆そうやっていなくなって…このまま、ジョースターさんまでいなくなったら私嫌だ!」
「……」
「父さんがいなくなるなら、本棚なんて……」

いらなかった。

ジョースターさんの手を縋るように掴んだまま床に座り込む。涙声を絞り出してかたちになった言葉は静かな空間に響く。
呼吸が追いつかなくてしゃくり声が止まらない。涙が膝に落ちてジャージに染みを作る
さらに力を込めて手を握るとそれまで何も言わなかったジョースターさんは座った。

「俺はシーザーに何があったか知らねえし、詳しく聞くのもどうかと思うから聞かないけど、俺ここにいるぜ」
特に意味なんてないけれど首を横に振る。
「俺は本当になにかあげたくて、机選んできたんだけど…いらないんだ?」
首を横に振る。どっちだよ、と笑い声が聞こえる
「大丈夫だって」
「わ、」
体が前に倒れたかと思うと抱き止められる。背中に腕が回されてあやすようにぽふぽふと叩かれた
そうされるうちに呼吸が落ち着いてくる。
「それにここ俺の城だからねン!」
「城ってそんな」
おかしくてついジョースターさんを見上げると目が合った。そうしたら、なんだか大丈夫な気がして離れると腕が解ける。
正座をしてなんとなくジョースターさんの大きな手を弄びながら私はポツポツとしゃべり始める
「父が、いなくなる前の晩に私に本棚をくれました。大きな大きな…今ではあの時ほど大きいとは思わないけれど、小さい時はほんとに嬉しくって…だから私、父さんの言葉を聞いてなかったんですね。」
「言葉?」
「この本棚を私の好きなもので埋めたいい。どんな大人になるだろう。素敵な大人になるだろう……それから、愛してるという言葉。」
「……」
「本棚に気を取られて聞いていなかった……あれほど重い言葉を、あんなに大切なことを」
「……」
「わたし父さんの、最後の言葉なにも、聞いてなかっ…」
「もういい」
また泣き出した私はまた抱きしめられる。暖かさでさらに涙腺は崩れてしまって後から後から漏れる嗚咽が止まらない。
「俺はさ、シーザーの元の家を片付けにいったとにあの棚だけは処分しないで欲しいって言われてきっとなにか思い入れがあるんだなぁとは思ってたけど、そんなことがあったんだな」
「父が家具を作ってくれるなんて思ってもいなかったので、あの人がいなくなってもあれだけは離したくなくて…」
「そっか」
「私、あの時もっとちゃんと話聞いてれば……こんなに後悔しなかった」
「じゃあ、そう思うならこうしようぜ」
「?」
少し離れて顔を上げるとニコニコと笑っている
「あの棚をお父さんが言ってたとおりにシーザーちゃんの好きなもので埋めてさ、帰ってきたときに自慢してやろう!」
「でも、父さ……父はいないんですよ?」
「それは法律上亡くなったってだけで、案外どっかで元気にしてるかもだぜ〜?」
「……」
父さんが死亡扱いになってからしばらくは「いつかひょっこり帰ってくる」と期待していたけれど時間が経つにつれてそんな考えは薄らいでしまった。
ジョースターさんに言われて、目から鱗という言葉を身を持って感じるくらいには

「どこかで…生きてる?」
「そ、どっかで」

言われた言葉を繰り返すと次第に悲しみが薄れ始める

「また会えるそれまでに」
「本棚溢れるくらいに」

そしてじわじわと温かくなって

「私の好きなことで」
「埋めてやろうぜ!」

わくわくで胸が踊る

「っ私頑張る!」
「よっしそのいきだぜッ!!」
なんとなく立ち上がって気合を入れるとジョースターさんも立ち上がる
パッと顔をあげてうまくできているかわからないけれど笑顔を作る
「ありがとう、ジョースターさん!」
「っ…!!」
それだけ伝えて夕ご飯の準備のためにキッチンにむかう。そういえばお昼も食べていないからお腹がすいてしょうがない。

次に会う時の為に、父さんとの約束を破らないために頑張ろうと私は心に決める。
そういえばジョースターさんの顔が赤かったような気がしたけどどうしたんだろう
そんなことを考えながら私は冷蔵庫のドアに手をかけた。



なんとなく、ぼんやりとした光に目を覚ます。
見上げたらそこにあるのは真っ白な天井。聞こえるのはどこかに行く鳥の声とバイクのエンジン音。
上半身を起こして部屋を見渡す。部屋の隅に置かれたベッドの上からは部屋全体が見渡せる。
真新しいカーテンも、父さんのくれた本棚もあるけれど、それよりも目に入るのは

「……ふふ」

ベッドから跳ねるようにしておりてカーテンを開け放つ。
窓のそばには真新しい、洋風なデザインの可愛らしい机が朝日で輝いていた。


私の大事な、光のある生活





光のある生活-Fin-


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