目の前にある資料をパラパラとめくる。
それに載るどの物件もセキュリティは完璧で『女性の一人暮らしに!』といった謳い文句が踊る。
「なにか、部屋のご要望は?」
そう目の前の少女に問いかけると顔を上げた少女の金色の髪がふわりと揺れる。
「いや、別に……安ければいいなとは思いますけど」
「あっそう。」
語尾に連れて弱くなる言葉とともに少女の瞳はあちらこちらに動いて視点は定まらない。
シーザー・A・ツェペリ 生まれた時点で母親を病気でなくし、11歳の時に父親は失踪。現在7年経っているため戸籍上は死亡という扱いになる。
頼みの綱であった祖父は自分の遺産をすべて彼女に託し先日死亡。 18歳にして彼女は孤独の身になってしまった。
というのは先日シーザーの祖父の古い知り合いであり、偉大なる父であるジョースター卿に聞いた話だ。
齢30で不動産屋という形で生計を建てている自分のところにひとつの話とともに転がり込んできた情報だ。
自分に彼女にあった部屋を選んで欲しいという話だ。今まで住んでいた豪邸は売りに出して小さな部屋に引っ越そうというつもりらしい。
彼女に対して同情はした。しかし、それだけであってあとは仕事だ。さっさと部屋を見つけて片付けてしまおうと思っていた。
候補の中でも割と安めの部屋をいくつかピックアップしてチラシを彼女の方に向けて差し出す。
「こことか、ど?」
「……」
チラシを順に目でおって迷いもなく一番安い部屋を指さす
「じゃあ、これで。」
「え?ほんとに?部屋の見学とか連れてくよ?」
実際に見て確認もしなくていいのかと言う質問をする。
部屋を借りると言っても安い買い物でない
「いや、ここで。開いてるなら、ですけど」
今度はきっぱりと答えが帰ってくる。
さすがに軽率な判断ではないかと思い話をすすめるのを戸惑う。
目の前のシーザーはさも「はやくおわらないか」という感じでお茶の残っていないカップを弄んでいる
少し考えてジョセフは口を開く
「シーザーちゃんて、おじいさんにどのくらい貰った訳?」
あきらかに怪訝な顔をしてシーザーが見上げてくる。
「だって、いくらもらったか知らないケド考えてみ?生活費もろもろかかって、さらにそっから毎月家賃、水道代、光熱費、電気料金ってひかれるのよ?」
1.2.3.4と指を折りながら説明をはじめる。シーザーの瞳に焦りが伺えるが気にしない。
「進路とかは俺部外者だから知らねぇけど学費もかかる、保険もかかる、この先大学だなんだにいくならそこで何百万て出るんだぜ?」
「そこは、奨学金とか、いろいろあるって……」
「詳しいことゼンブわかるの?」
「…………」
しどろもどろに、それでも答えていたシーザーは黙り込んでしまった。
どう考えてもこの子が一人で生きている気などはっきり言ってしなかった。
葬儀の時もジョセフの父と兄が代わりにしきっていたし、遺産相続についても『私に全てとはあるけれど細かいことはわからないのでお任せします。』と言ったらしい。その場に自分はいなかったから兄に聞いた話だ。
どんなに信頼関係における知り合いであったとしても結局は赤の他人であるというのにこの子は疑ることもせずことを任せたのだ。
見るからに世間を知らずに、人を疑うことも知らない彼女を一人野放しにしたらと思うとなんとなく罪悪感と心配にかられる。
だから、こんな提案をしたのかもしれない。
「じゃあ、さ?こんなのどう?」
「え?」
なるべく明るい声でと自分に言い聞かせて声をかける。俯いていたシーザーは顔を上げる。なんとなく瞳が潤んでいる気がする。
「ここの店さー上が自宅になってるんだけどぉ、流石に一人暮らしには広いのよねぇン」
「はぁ…?」
「あいにく同棲してくれるよーなカノジョもいないしぃ。シーザーちゃんがよければ……」
そこで言葉を切って身を乗り出す。わずかにシーザーが身を引いた。
「おじさんと同居する気ない?」
シーザーが二度瞬きをした。
『夢のある生活』
月々かかる光熱費やらなんやらは俺持ち。食費も俺持ちで、その代わりに夜はご飯作って、土日はお昼もね
朝とお弁当は俺が作ってあげるから、あとは掃除も任せたいな。どうしても一人だとやらないのよねン。
部屋は空いてる部屋があるからそこ使って、お小遣いは月に一定の額出すけども必要な時は言って、おじいさんのお金は大事にとっとくこと。
まぁ、あとは要相談ってことで
「どう!?」
「……どう、と言われましても……」
事務所の奥にある階段を上がり自宅につながる扉の前まで来たところでシーザーを振り返ると困ったように眉を下げて笑う。
「素敵なお話だと思うんだけどなぁ。べつに援交してくれってわけじゃないんだし」
「えっ、援交って……!!」
「へへい、気にしなーいの。はいお入りください」
おそらく後ろで真っ赤になっているであろうシーザーを無視して鍵を開ける。扉を開いて先にシーザーをなかに入れる。
扉の先にあるのは人二人入ったらいっぱいになってしまう小さな玄関と壁収納の靴箱。
細長いフローリングの廊下つきあたりを左に曲がって右手最初の扉がリビング。リビングはそれほど広くないもののキッチンとベランダがある。
向かいの扉はジョセフの書斎になる。が、特に説明することもないかとおもい詳しいことは省いた。
その隣りが一つ空いており完全に物置だ。そこを挟んだ隣の部屋が空部屋になっている。その向かいの扉がトイレ、突き当りが風呂場と洗面所だ
「ざっとこんなかんじ?」
「はぁ……」
一気に説明されてついていけないのかシーザーは空返事をする。
「部屋もよければ見てみる?」
「…じゃあ。」
「おっけ」
言われたとおりに二つ目の空部屋を開く。
がらんとして部屋の隅っこにいくつかダンボールが積んである以外はなにもない。クローゼットは締まりきっている。
部屋の中を立ち止まって見渡しているシーザーの横を抜けて窓を開ける。昼下がりの町並みが見える。
「どう?住む気ある?」
「そう、ですね…」
何が嬉しいのかぼんやりと部屋を見渡しながら微笑んでいるシーザーははた、とこちらを向く
「でも、なんで急に?」
「ん?それはなんで同居の話になったの?ってこと?」
こく、とシーザーが頷く
「んーひとつは君が明らかに世間知らずそうってこと」
「そんな失礼な」
「だって、人生設計ボロボロだったし」
「……」
「それからもう一つは、君がほっとけないってこと。これは俺だけに言えることじゃあなくて親父も、兄貴もそう」
こちらを見つめるシーザーは下唇をかんでいる。
窓際に寄りかかってジョセフは話を続ける
「君の祖父はいい人だったんだろうぜ。あの二人に信頼されて、信頼して。君が無用心に遺産の話任せるくらいにはネ」
「あれはっ……だって」
「だって?」
言葉を待っているとシーザーのマリン・ブルーの瞳からぼろぼろと涙が溢れる。それから遅れて嗚咽が漏れ始めて手が目元を擦る。
「わからない、けどおじいちゃん……祖父はずっとジョースターさんのことを慕っていたし、疑う要素なんてなかったから。だから、祖父のいなくなった今じゃあ頼るとこなんて、もう」
「……」
「言われるまで、遺産が盗られる可能性なんかっ、考えてなかったし、それどころじゃなくて……うぅぅ」
ちいさくうなってから耐えられないように座り込む。
窓から離れてシーザーのむかいに座る。どうしたものか、肩は抱いたら多分ダメだな。と考えて髪をくしゃりとまぜる
「ごめんね、チョットいじめすぎた」
「いいんです、私が何も知らないから……」
「これから、知ってけばいいよ。教えてあげる」
「……」
鼻を啜って顔をあげたシーザーの顔を見つめる。鼻と目元が赤くなってしまっている。頬の痣をなぞるように涙を拭く。
「俺の店のキャッチコピーしらないでしょ」
「きゃっちこぴー……」
入口のガラス扉に貼り出してあるコピーをおそらくこの子は見ていないだろう。
「『夢のある生活をあなたに』ってでっかく書いてあるんだぜ」
「夢のある生活……」
「そう、それはどんな人間にも平等だ。新婚夫婦でも若学生でも、君にも」
夢のきっかけになるような住まいを提供がジョセフが店を立ちあげてからのモットーだった。
だから幅広く部屋の紹介をしている。
ただし、自分の家をすすめるなんて初めてだが。
「俺と夢のある生活、始めない?」
「………はい。」
きゅ、と唇を固く結ぶシーザーを見て笑う。これじゃあまるでプロポーズだ。
手をとってシーザーを立ち上がらせる
「契約は成立だ。とりあえず飯食ってから、もっと細かいこと決めようか」
「っはい!」
「あと、その敬語いらないからネ。」
「はい……あ」
いってから口元を押さえる。シーザーの手を引いてリビングまで移動する。
「おれ一回店閉めてくるから、リビングでまってて。」
「何が食べたい、ですか?」
やはり慣れないのか問の語尾に遅れて敬語がつく
「作ってくれんの?」
「そういう約束だから。」
照れくさそうにシーザーが笑う。あぁ、そんな約束もしたなと先程の言葉を思い出す。
「じゃあ、パスタ!」
「はい……ごめんなさいぃ」
またやってしまったと言わんばかりにシーザーが顔を手で覆い隠す。
ついおかしくてげらげらと笑うと軽く背中を叩かれた。
「っはー。まぁ、慣れてけばいいよ。」
「そうし…そうする……」
「100点満点」
力弱く言い直したシーザーの頭をなで回してからリビングをでる。
いってらっしゃい、とちいさく聞こえた気がして振り向いたらシーザーはもうキッチンの奥だ。
小さくため息をついてから階段を下りる。
実はジョースター卿、父から話が来た段階でこの案は出ていたのだ。
『お前、部屋を貸してやったらどうだ?』
その言葉を認めるのがなんとなく嫌で別の意味にとった。
『昔は二人とも仲が良かったじゃあないか』
いつの話をしているのだろうか。あんなのとっくに大昔の話で曖昧にしか記憶にない。
自分に曖昧にしか記憶がないということはシーザーには全く残っていないだろう。
「ったく、親父も好き勝手言ってくれるぜ」
しかし結局そのとおりになっているのだから負けた気がして悔しい。
まぁ、とにかく二人の生活が始まるのだと自分に言い聞かせて事務所の電気を消して鍵をかける。
今日は店じまいでもいいだろう。
これから同居人の作った昼食を食べながら計画を練らねばいけないのだから。
夢のある生活-Fin-
ジョセフ誕生日企画ってことでひとつ。
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