昔から、年の離れた他人には姿の見えない友人がいた。
いや、友人というよりは親友に近いかもしれないし、もしかしたら親とかそういうものだったかもしれない。
とにかく、『彼』は私以外には見えなかった。
でもいつか『彼』が認識さえすれば他の人間にも見えるようになるとかそんな話をしていた気がする
小さい時はいつも傍にいて四六時中遊んだり話したりしていた
成長するに連れて一緒にいることは少なくなったが、それでも私が必要とするときは何も言わずとも現れた
最後に会ったのはいつだっただろう。もしかしたら10年近く会ってないような気がする
兎に角、前にも記述したとおり『彼』は私が必要とした時に何も言わずとも現れる。
そう、例えばそれは
「やぁ、徐倫」
今みたいな状況だったりもする
『GOOD LUCK』
相変わらずの一房だけ長い前髪を揺らして、大人しい見た目に合わず弧を描いた唇。
紛れもなく、『花京院』だ
「こんにちは花京院。貴方最近見ないと思ったら、夢にまで出るなんてね」
「ふふ、君に僕は必要なかったみたいだしそれに、知らない男と会ってるなんて知ったら君の恋人はどう思うだろうね」
今となっては自分の方が年上のはずなのにこの男、花京院に言われるとどうも言い返せない。きっとそれは小さな頃からの付き合いで何を考えているかなんてバレているからだろうか。
この花京院という男は、世間一般にいう『幽霊』と言うもので成長はしない。彼曰く高校生の時のまま彼は止まっているらしい。最初の頃着ていた裾の長い学生服は私が暑苦しいから嫌と言ったから今はTシャツにジーンズというラフな格好だけれども。
「で、何にお悩みなんだい?」
「わかってるでしょ。父さんのことよ」
父親―空条承太郎のことをダディと愛称で呼ばなくなったのはいつからだろうと心の隅で思うがそんな疑問は一瞬で溶けてなくなる。
半年前、恋人と入籍する旨を伝える為、許可を得るために両方の親の元へ挨拶に行った。
相手の両親とは何度か面識はあったし、これと言って問題もなくすんなりと許可を得た。徐倫の母親も即決でOKを出した。
ただ、問題は父親である承太郎だ。進学の問題で母親と暮らすことにはなったが月に何度か会うこともあった父親の家へ何年ぶり家に赴いた。
きっと受け入れてくれると思っていたが目を疑うようなことが起こった
「まさかああ出るとはね。出会い頭に殴るなんて」
「……」
そう。殴ったのだ。
玄関のチャイムを鳴らして出てきた承太郎は徐倫と恋人の顔を交互に見たあと何も言わずに左頬に拳を叩き込んでこう呟いた
「絶対に徐倫はやらねえ」
あんなに機嫌の悪い低く思い声を聞いたのは初めてかもしれない。倒れ込んだ恋人と父親を見て唐突に沸き上がった怒りで同じように左頬を殴った。
身長差はあれど、徐倫は平均からして高い部類に入るし何より頭に血が上ってそんなこともお構いなしに気付いたら拳が出ていた
「承太郎からしたらあれは痛いと思うよ?徐倫」
「うっ………うるさいなぁ」
―アンタなんかに会いに来るんじゃなかった!―
言い終わった後ではっとした時には遅く、表情は変わらないが承太郎の瞳が一瞬揺れたのが確かに見えた。
それから何も言わずに承太郎は扉を閉めてしまった
「さすがにアレはないと思うけどさぁ、さすがに大事な一人娘が嫁に行くなんて嫌なんじゃない?」
「そんなんじゃあない」
自分でも驚くほどに冷たい声が出た。足元に視線を落としているから花京院の表情は見えないが、彼は今どんな顔をしているだろうか
「そわなんじゃあ……ないのよ。父さんは、私のこと嫌いだもの」
「……根拠は?」
そう言われると何も言い出せないのが辛くただ唇を噛み締める
「…ほ、ほら!別れた女房の子供なんてさ、可愛いわけないじゃない」
「そう思うのかい?徐倫は」
ふ、と視線を上げるとニコニコと変わらずに花京院は笑っている。それでも声だけは否定するような声だ
「……何が言いたいのよ」
「あの二人が離婚したとき、徐倫を引き取ると先に言ったのは承太郎だ。どんな条件も黙って飲み込んでいた承太郎が、それだけは頑なに譲らなかったんだよ。」
「私が母さんと暮らすって言った時、何も言わなかったわ。」
「あの家から君の通う学校まで何時間かかると思ってるんだい?君に大変な思いをさせたくなくて勧めたんだよ。自分の気持ちは言わずにね」
「離れたくないけど私のためだったら自分なんてどうでも良いって言いたいの?…何よそれ自己満足じゃない!」
「親なんて自己満足の塊みたいなもんじゃないか。自己満足と無償の愛情しかない」
「………」
花京院は徐倫が話し始めないのを見てから口を開く
「僕が、なんで君と承太郎のそばにいたと思う?」
「………」
昔聞いたような気もするがそんなのは忘れてしまった
「承太郎だけじゃ、長続きするわけなかったからさ。 感情を滅多に表に出さない彼だけじゃ、娘と暮らすなんて無理だよね。思春期も反抗期もやってくる。そしてそれに触れないことがいいことだと思って彼は何もしない。それを愛されてないと思ったら子供は、徐倫はどうなるだろって考えてわざわざ友人の好で僕がいたんだよ。強いていうなら母親役。それで承太郎にとってはサポーターかな」
「……私、父さんのこと考えないで籍入れちゃったの」
「うん」
「私っ……明日式だってこと伝えてないわ……!」
視界が歪んで、どんなに抑えようとも嗚咽が混じってどうしようもない。花京院の大きな手が頭を撫でる感触で更に涙腺は壊れてしまう。
「多分奥さん伝いで知ってるとは思うけどね。来るかなぁ」
「……っ花京院どうしよう……ど、しよう」
「嫌だなぁ徐倫。さっきの僕の話聞いてたかい?」
「え…」
ふいに手が離れたかと思って花京院を見ると変わらずににこやかに、それでも先程よりも自信ありげに胸を張った花京院は翡翠色の光にぼんやりと包まれて星屑がきらきらと散っている
「僕はサポーターだって言ったじゃないか!」
そういうとさらに光は輝きを増す。眩しくて目を細める時にいたずらを思いついたような顔の花京院が映る
「承太郎に会いに行ってくるね。まだ起きてるみたいだし」
「あ、あなた!父さんには見えないって前言ってたじゃあないの!」
「でも僕が認識した相手には見えるって言ったよね?」
「それは、そうだけど……」
そう言い淀むとクスクスと笑ってから花京院は振り返って歩き出す
「明日はきっと良い式になるよ!」
「花京院は来てくれないの!?」
ついそう言うと悲しそうな顔をして花京院が振り返る。しまった、と思った
この人はどんなに来たくても、来れるわけがない。
「そりゃ行きたいさ、でもね、君にはもう素敵な旦那様が出来るんだ。僕は身を引かなきゃね」
「何よ、それぇ……」
それじゃあ二度と会えないみたいじゃない
そう続けたはずの言葉は掠れ、最後は耳に届かないほど小さくなっていた
「そのかわり、明日はとっておきのプレゼントを用意するよ」
「……そんなの花京院がいなくならいらないわ」
グズグズと鼻をすすりながら掌で擦るように涙を拭う。小さい頃に戻ったようだ
そういえば、昔もこんなふうに泣いていたことが会った。確か風邪をひいた時、どこかにいこうとした花京院を捕まえて、こうやってぐずぐずと
あの時はなんて言ったかしら
―それはどこに行くのじゃなくて、行かないでじゃあないかな―
あぁ、そうだ。どこに行くのかと聞いた私に花京院はそう答えたんだわ
―一人にしないで、寂しいから、行かないでが正解だと思うよ―
あの時は結局意地を張って素直に言えなかったけれど、今なら……いまならわたしはいい
「行かないでよっ!」
叫びながら顔を上げると驚いたというように目を見開いた花京院がいた。それを見てもさらに涙は溢れてくる
「一人にしないでよ!あなたがいないと寂しいじゃない!花京院がいないと………私は寂しい!」
「徐倫……」
「だから、行かないでよ……うっ、うああああん」
限界を超えたように声をあげてなく徐倫は小さい子供のようだ。
それでも花京院は動じずに座り込む徐倫の前にしゃがんで頭を撫でる
「明日、承太郎が来てくれなくてもいいのかい?」
「うっ、そ、れも嫌だぁ…」
「うーん、どっちか選ばなきゃ」
「うぅ……っう」
「徐倫、よく聞いてね。君は大人になったんだ。とうとう僕の年齢も越してしまったんだよ。」
確か、花京院は17だと言っていただろうか。そんなことを考える
「だから、もう君は僕に構ってちゃいけないのさ。僕の知らない世界を僕の分まで見てきてくれなきゃ」
「それでも、花京院がいないと寂しいじゃない…」
「それを受け止めてくれる人が今はいるだろ?それとも、彼のことは嫌いかい?」
首を横に振る。
「夢の男なんか取るくらいには優先順位が低いのかい?だったらずっとこのまま眠り続けていればいいさ」
「っそんなこと言ってないわよぉ!アナスイは………私の一番大事な人でぇ…彼も私が大事だから私がいないと、何もできなくてぇ……ぁ」
それを聞いて満足げに花京院が笑う。徐倫は恥ずかしさが急にこみ上げてくる。
「いっ!今のは誘導尋問だわ!反則よっ!」
「あはははっ!やっぱりそうやって怒ってる方が君らしい!」
「うううっ!もう!」
最後に花京院の肩を強く叩くとそれまでが嘘のように涙が止まる。次に湧いてきたのは笑いだった
「ふっ……んふふふ、っあはははは!」
「お、やっと機嫌が直ったようだね」
「あーもう!あはははっ!なんかバカみたいね私!んふふ…」
くつくつと腹を抱えてさんざん笑ったあと徐倫は笑顔で花京院をみる。
「花京院。私あなたが大好きよ。貴方が生きていたら、きっとアプローチしてたかもね」
「はは、そりゃ承太郎に殺されちゃうねぇ」
「そんなの!私がこう、一発殴ってやるわ!」
「はいはい。頼もしいねぇ」
「……ずっと、ありがとう」
「どういたしまして。承太郎のこと、よろしくね。」
「うん。」
そう頷くと花京院は満足そうに微笑んでからスゥと立ち上がる。そこに人の気配はなく、彼は死んでいるんだと思い知られる。
立ち上がった彼を見上げると小さいときに戻ったようだ。長く伸びた足と一房だけ長い、揺れる前髪。輝く瞳はそのままにただ違うのは緑色の光がキラキラと彼のまわりを漂っていること
「またね。」
「また、いつか。」
どちらからともなく手を振って、視界が白くぼやけていく
そこで徐倫は目を覚ました
- - - - - - - - - -
「やぁ、承太郎」
懐かしい、もう記憶の彼方に消えかけていた声に振り返る。そこにいたのはやはり、友人の姿だった
「……おう」
「お、おどろかないんだねぇ」
「何しに来た」
「徐倫が明日、結婚式だっていうから」
「……アイツに聞いてる」
冷たくそういいながら机のほうに向き直る。
「だと思ったけどね。徐倫のためだしね。一応さ」
「用事はそれだけか。勝手に成仏しろよ」
「釣れないなぁ、ま。帰るねけどね。じゃあね」
「ありがとな」
部屋を出ようと歩き出そうとして足を止める。
振り返るが承太郎は机に向かったままだ
「あいつの世話、してくれてたんだろ」
「……知ってたのか」
「あんなでけえ声で話してたら聞こえるだろ、まあ子供だからわからねえか。」
「そうかい。」
「ああ、……話は終わりだ。かえれ」
「はいはい。…じゃあね」
承太郎から返事が来ないのを確認してから部屋から消える。溶けるように消えて、最後に光が余韻のように残る
「…またな」
小さく響いた言葉は、誰の耳にも届かなかった
- - - - - - - - - -
白で統一された部屋。窓から外の光が差し込んで暖かい。
式場のスタッフも一時撤退した今。部屋にいるのは白いウェディングドレスに身を包んだ徐倫だけだ。
コンコン、と固い扉が鳴る音がして返事をすると入ってきたのは承太郎だ。
「……普通父親って扉の前で待ってるもんじゃない?」
「うるせえ」
つかつかと部屋に入ってくる承太郎の表情は硬いままだが緊張しているのが伝わってくる
「……いくぞ」
「うん」
差し出された手に手を伸ばす
瞬間だった
「きゃあ!!!」
「!徐倫っ!」
突然の強風で鍵が外れたのか開け放たれた窓に驚いていると承太郎が庇うように肩を抱く
だが、続いた静けさに窓の方を見ると揺れるレースのカーテンと、外のガーデンの風景。それから、床に落ちた小さな箱
承太郎と顔を見合わせたあと、静かに近づいて箱を拾いあげる。
小さな正方形の純白の箱だ。蓋の隙間に挟まれた小さなメモに黒字で小さく文字が書かれている
「ぷれぜんと おめでとう」
それが誰宛からのものかはだいたい予想がついてしまう。
笑いをこらえながら箱を開けるとピアスだ。小さなエメラルドが使われた彼らしいセンスだと思う
指でつまんで光に照らすとキラキラと輝く。脳裏に浮かんだのは昨日の夢だった
「……結婚式ってこういう飾りはありなのかしら…こう、もっと真珠とかじゃあなくて…」
「いいんじゃないか?別に気にせんだろ。」
「そうよね。せっかくのプレゼントだものね」
いちど箱にしまいこんでから既につけていたピアスを外して付け替える。
つけ終えてぱっと立ち上がる。その顔は嬉しそうな笑顔で、瞳と同じ色のピアスが一瞬光った。
「じゃあ、今度こそ!」
「ああ」
自ら承太郎の手をとって歩き出す。
部屋を出るとき、徐倫は承太郎にも聞こえないような小さな声で呟いた
「……いってきます」
GOOD LUCK!(幸運を!)
-Fin -
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
幽霊院と承太郎と徐倫の話はこれで終わり
最初から最後まで素晴らしいほどに承太郎がいなかった
いや、友人というよりは親友に近いかもしれないし、もしかしたら親とかそういうものだったかもしれない。
とにかく、『彼』は私以外には見えなかった。
でもいつか『彼』が認識さえすれば他の人間にも見えるようになるとかそんな話をしていた気がする
小さい時はいつも傍にいて四六時中遊んだり話したりしていた
成長するに連れて一緒にいることは少なくなったが、それでも私が必要とするときは何も言わずとも現れた
最後に会ったのはいつだっただろう。もしかしたら10年近く会ってないような気がする
兎に角、前にも記述したとおり『彼』は私が必要とした時に何も言わずとも現れる。
そう、例えばそれは
「やぁ、徐倫」
今みたいな状況だったりもする
『GOOD LUCK』
相変わらずの一房だけ長い前髪を揺らして、大人しい見た目に合わず弧を描いた唇。
紛れもなく、『花京院』だ
「こんにちは花京院。貴方最近見ないと思ったら、夢にまで出るなんてね」
「ふふ、君に僕は必要なかったみたいだしそれに、知らない男と会ってるなんて知ったら君の恋人はどう思うだろうね」
今となっては自分の方が年上のはずなのにこの男、花京院に言われるとどうも言い返せない。きっとそれは小さな頃からの付き合いで何を考えているかなんてバレているからだろうか。
この花京院という男は、世間一般にいう『幽霊』と言うもので成長はしない。彼曰く高校生の時のまま彼は止まっているらしい。最初の頃着ていた裾の長い学生服は私が暑苦しいから嫌と言ったから今はTシャツにジーンズというラフな格好だけれども。
「で、何にお悩みなんだい?」
「わかってるでしょ。父さんのことよ」
父親―空条承太郎のことをダディと愛称で呼ばなくなったのはいつからだろうと心の隅で思うがそんな疑問は一瞬で溶けてなくなる。
半年前、恋人と入籍する旨を伝える為、許可を得るために両方の親の元へ挨拶に行った。
相手の両親とは何度か面識はあったし、これと言って問題もなくすんなりと許可を得た。徐倫の母親も即決でOKを出した。
ただ、問題は父親である承太郎だ。進学の問題で母親と暮らすことにはなったが月に何度か会うこともあった父親の家へ何年ぶり家に赴いた。
きっと受け入れてくれると思っていたが目を疑うようなことが起こった
「まさかああ出るとはね。出会い頭に殴るなんて」
「……」
そう。殴ったのだ。
玄関のチャイムを鳴らして出てきた承太郎は徐倫と恋人の顔を交互に見たあと何も言わずに左頬に拳を叩き込んでこう呟いた
「絶対に徐倫はやらねえ」
あんなに機嫌の悪い低く思い声を聞いたのは初めてかもしれない。倒れ込んだ恋人と父親を見て唐突に沸き上がった怒りで同じように左頬を殴った。
身長差はあれど、徐倫は平均からして高い部類に入るし何より頭に血が上ってそんなこともお構いなしに気付いたら拳が出ていた
「承太郎からしたらあれは痛いと思うよ?徐倫」
「うっ………うるさいなぁ」
―アンタなんかに会いに来るんじゃなかった!―
言い終わった後ではっとした時には遅く、表情は変わらないが承太郎の瞳が一瞬揺れたのが確かに見えた。
それから何も言わずに承太郎は扉を閉めてしまった
「さすがにアレはないと思うけどさぁ、さすがに大事な一人娘が嫁に行くなんて嫌なんじゃない?」
「そんなんじゃあない」
自分でも驚くほどに冷たい声が出た。足元に視線を落としているから花京院の表情は見えないが、彼は今どんな顔をしているだろうか
「そわなんじゃあ……ないのよ。父さんは、私のこと嫌いだもの」
「……根拠は?」
そう言われると何も言い出せないのが辛くただ唇を噛み締める
「…ほ、ほら!別れた女房の子供なんてさ、可愛いわけないじゃない」
「そう思うのかい?徐倫は」
ふ、と視線を上げるとニコニコと変わらずに花京院は笑っている。それでも声だけは否定するような声だ
「……何が言いたいのよ」
「あの二人が離婚したとき、徐倫を引き取ると先に言ったのは承太郎だ。どんな条件も黙って飲み込んでいた承太郎が、それだけは頑なに譲らなかったんだよ。」
「私が母さんと暮らすって言った時、何も言わなかったわ。」
「あの家から君の通う学校まで何時間かかると思ってるんだい?君に大変な思いをさせたくなくて勧めたんだよ。自分の気持ちは言わずにね」
「離れたくないけど私のためだったら自分なんてどうでも良いって言いたいの?…何よそれ自己満足じゃない!」
「親なんて自己満足の塊みたいなもんじゃないか。自己満足と無償の愛情しかない」
「………」
花京院は徐倫が話し始めないのを見てから口を開く
「僕が、なんで君と承太郎のそばにいたと思う?」
「………」
昔聞いたような気もするがそんなのは忘れてしまった
「承太郎だけじゃ、長続きするわけなかったからさ。 感情を滅多に表に出さない彼だけじゃ、娘と暮らすなんて無理だよね。思春期も反抗期もやってくる。そしてそれに触れないことがいいことだと思って彼は何もしない。それを愛されてないと思ったら子供は、徐倫はどうなるだろって考えてわざわざ友人の好で僕がいたんだよ。強いていうなら母親役。それで承太郎にとってはサポーターかな」
「……私、父さんのこと考えないで籍入れちゃったの」
「うん」
「私っ……明日式だってこと伝えてないわ……!」
視界が歪んで、どんなに抑えようとも嗚咽が混じってどうしようもない。花京院の大きな手が頭を撫でる感触で更に涙腺は壊れてしまう。
「多分奥さん伝いで知ってるとは思うけどね。来るかなぁ」
「……っ花京院どうしよう……ど、しよう」
「嫌だなぁ徐倫。さっきの僕の話聞いてたかい?」
「え…」
ふいに手が離れたかと思って花京院を見ると変わらずににこやかに、それでも先程よりも自信ありげに胸を張った花京院は翡翠色の光にぼんやりと包まれて星屑がきらきらと散っている
「僕はサポーターだって言ったじゃないか!」
そういうとさらに光は輝きを増す。眩しくて目を細める時にいたずらを思いついたような顔の花京院が映る
「承太郎に会いに行ってくるね。まだ起きてるみたいだし」
「あ、あなた!父さんには見えないって前言ってたじゃあないの!」
「でも僕が認識した相手には見えるって言ったよね?」
「それは、そうだけど……」
そう言い淀むとクスクスと笑ってから花京院は振り返って歩き出す
「明日はきっと良い式になるよ!」
「花京院は来てくれないの!?」
ついそう言うと悲しそうな顔をして花京院が振り返る。しまった、と思った
この人はどんなに来たくても、来れるわけがない。
「そりゃ行きたいさ、でもね、君にはもう素敵な旦那様が出来るんだ。僕は身を引かなきゃね」
「何よ、それぇ……」
それじゃあ二度と会えないみたいじゃない
そう続けたはずの言葉は掠れ、最後は耳に届かないほど小さくなっていた
「そのかわり、明日はとっておきのプレゼントを用意するよ」
「……そんなの花京院がいなくならいらないわ」
グズグズと鼻をすすりながら掌で擦るように涙を拭う。小さい頃に戻ったようだ
そういえば、昔もこんなふうに泣いていたことが会った。確か風邪をひいた時、どこかにいこうとした花京院を捕まえて、こうやってぐずぐずと
あの時はなんて言ったかしら
―それはどこに行くのじゃなくて、行かないでじゃあないかな―
あぁ、そうだ。どこに行くのかと聞いた私に花京院はそう答えたんだわ
―一人にしないで、寂しいから、行かないでが正解だと思うよ―
あの時は結局意地を張って素直に言えなかったけれど、今なら……いまならわたしはいい
「行かないでよっ!」
叫びながら顔を上げると驚いたというように目を見開いた花京院がいた。それを見てもさらに涙は溢れてくる
「一人にしないでよ!あなたがいないと寂しいじゃない!花京院がいないと………私は寂しい!」
「徐倫……」
「だから、行かないでよ……うっ、うああああん」
限界を超えたように声をあげてなく徐倫は小さい子供のようだ。
それでも花京院は動じずに座り込む徐倫の前にしゃがんで頭を撫でる
「明日、承太郎が来てくれなくてもいいのかい?」
「うっ、そ、れも嫌だぁ…」
「うーん、どっちか選ばなきゃ」
「うぅ……っう」
「徐倫、よく聞いてね。君は大人になったんだ。とうとう僕の年齢も越してしまったんだよ。」
確か、花京院は17だと言っていただろうか。そんなことを考える
「だから、もう君は僕に構ってちゃいけないのさ。僕の知らない世界を僕の分まで見てきてくれなきゃ」
「それでも、花京院がいないと寂しいじゃない…」
「それを受け止めてくれる人が今はいるだろ?それとも、彼のことは嫌いかい?」
首を横に振る。
「夢の男なんか取るくらいには優先順位が低いのかい?だったらずっとこのまま眠り続けていればいいさ」
「っそんなこと言ってないわよぉ!アナスイは………私の一番大事な人でぇ…彼も私が大事だから私がいないと、何もできなくてぇ……ぁ」
それを聞いて満足げに花京院が笑う。徐倫は恥ずかしさが急にこみ上げてくる。
「いっ!今のは誘導尋問だわ!反則よっ!」
「あはははっ!やっぱりそうやって怒ってる方が君らしい!」
「うううっ!もう!」
最後に花京院の肩を強く叩くとそれまでが嘘のように涙が止まる。次に湧いてきたのは笑いだった
「ふっ……んふふふ、っあはははは!」
「お、やっと機嫌が直ったようだね」
「あーもう!あはははっ!なんかバカみたいね私!んふふ…」
くつくつと腹を抱えてさんざん笑ったあと徐倫は笑顔で花京院をみる。
「花京院。私あなたが大好きよ。貴方が生きていたら、きっとアプローチしてたかもね」
「はは、そりゃ承太郎に殺されちゃうねぇ」
「そんなの!私がこう、一発殴ってやるわ!」
「はいはい。頼もしいねぇ」
「……ずっと、ありがとう」
「どういたしまして。承太郎のこと、よろしくね。」
「うん。」
そう頷くと花京院は満足そうに微笑んでからスゥと立ち上がる。そこに人の気配はなく、彼は死んでいるんだと思い知られる。
立ち上がった彼を見上げると小さいときに戻ったようだ。長く伸びた足と一房だけ長い、揺れる前髪。輝く瞳はそのままにただ違うのは緑色の光がキラキラと彼のまわりを漂っていること
「またね。」
「また、いつか。」
どちらからともなく手を振って、視界が白くぼやけていく
そこで徐倫は目を覚ました
- - - - - - - - - -
「やぁ、承太郎」
懐かしい、もう記憶の彼方に消えかけていた声に振り返る。そこにいたのはやはり、友人の姿だった
「……おう」
「お、おどろかないんだねぇ」
「何しに来た」
「徐倫が明日、結婚式だっていうから」
「……アイツに聞いてる」
冷たくそういいながら机のほうに向き直る。
「だと思ったけどね。徐倫のためだしね。一応さ」
「用事はそれだけか。勝手に成仏しろよ」
「釣れないなぁ、ま。帰るねけどね。じゃあね」
「ありがとな」
部屋を出ようと歩き出そうとして足を止める。
振り返るが承太郎は机に向かったままだ
「あいつの世話、してくれてたんだろ」
「……知ってたのか」
「あんなでけえ声で話してたら聞こえるだろ、まあ子供だからわからねえか。」
「そうかい。」
「ああ、……話は終わりだ。かえれ」
「はいはい。…じゃあね」
承太郎から返事が来ないのを確認してから部屋から消える。溶けるように消えて、最後に光が余韻のように残る
「…またな」
小さく響いた言葉は、誰の耳にも届かなかった
- - - - - - - - - -
白で統一された部屋。窓から外の光が差し込んで暖かい。
式場のスタッフも一時撤退した今。部屋にいるのは白いウェディングドレスに身を包んだ徐倫だけだ。
コンコン、と固い扉が鳴る音がして返事をすると入ってきたのは承太郎だ。
「……普通父親って扉の前で待ってるもんじゃない?」
「うるせえ」
つかつかと部屋に入ってくる承太郎の表情は硬いままだが緊張しているのが伝わってくる
「……いくぞ」
「うん」
差し出された手に手を伸ばす
瞬間だった
「きゃあ!!!」
「!徐倫っ!」
突然の強風で鍵が外れたのか開け放たれた窓に驚いていると承太郎が庇うように肩を抱く
だが、続いた静けさに窓の方を見ると揺れるレースのカーテンと、外のガーデンの風景。それから、床に落ちた小さな箱
承太郎と顔を見合わせたあと、静かに近づいて箱を拾いあげる。
小さな正方形の純白の箱だ。蓋の隙間に挟まれた小さなメモに黒字で小さく文字が書かれている
「ぷれぜんと おめでとう」
それが誰宛からのものかはだいたい予想がついてしまう。
笑いをこらえながら箱を開けるとピアスだ。小さなエメラルドが使われた彼らしいセンスだと思う
指でつまんで光に照らすとキラキラと輝く。脳裏に浮かんだのは昨日の夢だった
「……結婚式ってこういう飾りはありなのかしら…こう、もっと真珠とかじゃあなくて…」
「いいんじゃないか?別に気にせんだろ。」
「そうよね。せっかくのプレゼントだものね」
いちど箱にしまいこんでから既につけていたピアスを外して付け替える。
つけ終えてぱっと立ち上がる。その顔は嬉しそうな笑顔で、瞳と同じ色のピアスが一瞬光った。
「じゃあ、今度こそ!」
「ああ」
自ら承太郎の手をとって歩き出す。
部屋を出るとき、徐倫は承太郎にも聞こえないような小さな声で呟いた
「……いってきます」
GOOD LUCK!(幸運を!)
-Fin -
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幽霊院と承太郎と徐倫の話はこれで終わり
最初から最後まで素晴らしいほどに承太郎がいなかった
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