side:J-01
大学の中庭 建物で囲われたここから上を見上げると四角に切り取られたように青空が見える。白い雲が風に乗って流れていく。
終業のチャイムがそろそろ鳴る頃だろうかと思いつつ足元に来ていた鳩に持っていた昼食のパンをちぎって蒔くと一斉につつき出す。それでも数羽だけ膝やら頭にとどまって動かない。なんだろう、動物に好かれる体質なのかもしれない
「いや、ソレはねぇな…多分」
そう呟いてジョセフの思考回路は朝見た夢に移動する。
どこかの国、雰囲気からしてイギリスかイタリアあたりだろう。公園で噴水の淵に座り込む自分。同じように鳩と戯れていたと思う。
それから誰か、一人の男 ブロンドの意志の強そうな眼をした男。目の下のあざがポイントになっていた。
目が覚めた時に覚えていたのはそこまでだ。だが自分はそこに行った記憶もないしそんな知り合いはいない
だったらあれは何なのか。偶然なのかそれとも何かあるのか
「……」
所詮夢の事だと考えるのをやめて姿勢を変えるため動く。バサバサと鳩が羽ばたいて離れるがそれでもすぐに定位置に戻る。
何と言うか、うん
「ここの鳩は人懐っこいねぇ」
そう呟いてふと何かが引っかかった。このセリフを知っている。いや、言ったことがある
いつ、どこで?
いくら考えてももやもやと形のつかめないまま引っかかっている。そうしていると声がした
「朝からサボリとは立派だなぁ。ジョースター君?」
凛とした声がしてそちらに目を向ける。向けた瞬間弾かれたように立ち上がる
ブロンドの髪 意志の強そうな眼 目の下のあざ 目の前にいる男はそれを全て備えていた
今度こそ高く羽ばたく鳩が微かに光を反射して視界をチカチカと光らせる。
夢の男だ
「教室の外を見てたらなんかでかい男が座りこでると思えばお前だったのか」
そう言いながらこちらに近づいてくる。ドクンドクンと心臓が脈をうってうるさい。
俺はコイツを知っている。
「なぁ」
気付いたら声を発していた
「なんだよ」
「俺らどっかで会ったことない?」
静寂が流れた――ような気がした。すぐに目の前の男が怪訝な顔をする
「……そんな口説き文句今時女にも効かねえぜ……」
「そうじゃねえよお〜!そういうことじゃなくてホンットにどこでも会ってない?」
少しでも、なにか手がかりがあればいい。男の表情は穏やかなものに戻る
「お前と会うのは初めてだが、俺はお前を知ってるぜジョセフ・ジョースター」
「えっ何で?」
この大学に入学してまだ一ヶ月だ。まだ何も問題は起こしていないしそもそもやっと生活になれてきたところだ。
「考古学科教授、ジョナサン・ジョースターの従兄弟で、優秀な男かと思えば聞けば成績は合格ラインギリギリで、しかも相当ヤンチャやってたらしいじゃあないか。色々と噂になってるぜ」
「オーノーッ!俺そんな風に言われてんのかよ!」
ここに入ったのは確かに従兄弟のジョナサンがいたからだ。最初は何かと有利かと思いきや「ズルはいけないよね」とかにこやかに言われて必死で勉強するハメになり、どうにか滑り込んだのだ。しかも過去の事まで知れ渡ってるなんて俺の大学生活は大丈夫か。
そんな思いでつい頭を抱え込みたくなる。
「まぁこのこと知ってるのは先生たちと一部の生徒だがな。で、お前はここで何してんだサボリか」
男はクスクスと笑う。ジョセフが元いたところに座りなおすと近くに腰を下ろす
「ちげーよ。朝早く目が覚めちゃってきたら今日は三限からだったんですぅ」
「おま……じゃああと一コマこうしてんのかよ」
「まあなー今から家戻ってもしょうがないし?」
「ふーん…」
「そういうアンタはどうなんだよ。」
「そうだな…とりあえず俺も次の時間は取ってないから、お前に付き合ってやってもいいぜ」
「は?」
そう来るとは思っておらずについ間抜けな声が出る。
「さっきの話聞かせろよ。なんであんなクサイ口説き文句言ったのかな」
「だーからっ!あれは口説いてるわけじゃねえから!」
「わかった!わーかったから」
つい声を荒げると防御するフリなのか手を目の前にかざす。その表情が楽しそうで一気に戦意を削がれる
「……いいぜ、話してやるよ。アンタ名前は」
「シーザー、シーザー・A・ツェペリだ」
「あっそ、まぁ俺のことは知ってるかもしれねえけどとりあえずな。ジョセフ・ジョースター ジョジョって呼んでくれ」
あぁ、このセリフもどこかで言った気がする。まったく朝から気になることがおおすぎて気分が悪い
「よろしくな、ジョジョ」
そう言いながら手が差し出される。ハイタッチのつもりなのか手のひらをこちらに向けて。
それに素直に返すのもシャクだ。拳を強く付き合わせる
「よろしくな、シーザー」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
side:J-02
6月、梅雨入り宣言が出たにも関わらず、真夏のような晴天は続く。
ジリジリと焼けるような暑さだろうなと思いつつ涼しい校内を歩く。
「いーやぁ。大学内は天国だなー。空調設備しっかりしてて、休んで過ごすにはもってこいだぜ」
「お前何しに学校来てるんだ」
「そりゃ勿論!勉学に励むために決まってんだろー!」
「とか言いながらお前いつも寝てるんだろ」
「………誰情報」
「スモーキー」
あの野郎あとで絶対殴る。
完璧に八つ当たりだが涼しくて過ごしやすい教室がいけないとさっきまで崇めていた空調設備も呪い始める。
あれからシーザーとは頻繁にやりとりをするくらいには仲良くなっていた。あの後夢の話をしたらどうせ夢の話だと流されたがそれでも気になるらしくたまにほかに心当たりはないのかと聞かれる。
ただ、あれ以来特に気にするような夢は見ていない。結局あれはなんなのかと思いつつ時間が経っていた
そのうちに目的地にたどり着く。研究室だ
「失礼しまぁす」
古ぼけた木製の扉をノックせずに開け放ち中に入る
「やぁ、二人ともいらっしゃい。ジョセフ、ノックはしっかりしてって何度いえばわかるのさ」
ギッと音を立てて椅子の背もたれが軋む。そこに座り込んでいるのは考古学科教授のジョナサン・ジョースター。ジョセフの従兄弟だ
背格好はよく似ているが穏やかな雰囲気と話し方が気の強いジョセフとは正反対だ
「はーいはい。それよりホラ買ってきたぜ」
二つ返事をしながら手に持っていたものを渡す。どうしてもと頼まれたコンビニのアイス。言われた種類がなくて二つ向こうのコンビニまで歩いてきた。
「わ、ありがとー。シーザーもね」
「いえ、別に俺は……」
恥ずかしいのか曖昧に返事をするシーザーにニッコリと微笑んだジョナサンは早速アイスに手をかける
「いやー急にね食べたくなっちゃって……あれ、なんか多くない?」
袋の中を探ると自分のお目当ての品とは別に二つ入っている
「それ?俺とシーザーの」
「…僕のお金だよね?」
「すいません!俺はやめようって言ったんですけど……やっぱり俺の分だけでも返金…」
立ち上がりそうな勢いのシーザーを引き止める
「ううん。いいんだよシーザーせっかく行ってくれたしお礼だよ」
「そそ、だから気にすんなって」
「ジョセフは気にしてね?」
にこやかなまま冷たい声で対応するところからして少しばかり怒っているのかとシーザーは内心ハラハラしていた。
「あっ…窓、開けますね。」
今度こそ立ち上がり狭い室内の置くまで入っていく。鍵を外して窓を開く。
風が強く吹き込む。 それに舞い上げられて中庭から無数のシャボン玉があがる。
虹色を反射して空に昇る、それを背景に立つシーザーの姿に大きく心臓が跳ねる
「―――!」
また、あの夢の時の感覚だ。
シャボン玉とシーザーが脳裏にフラッシュバックする。それはいま目の前にいるシーザーではなく、夢の中の彼だ。
世界のすべてがゆっくりと動き、音が止んだそんな感覚に包まれる。
早くしないと消えてしまうような。
「ああ、どこかのサークルかな」
「すごいですね……」
「綺麗だねぇ」
「……」
「ジョジョ?」
シーザーに呼ばれてハッと現実に引き戻される。シーザーもジョナサンも不思議そうにこちらを振り返っていた
「大丈夫か?」
「えっあぁ、全然大丈夫だぜ」
「もしかして暑さで具合悪い?なんなら医務室に……」
「だーいじょうぶだって!ほら!アイス溶けちまうぜぇ」
いいながら袋をあさってアイスを二つとも取り出す
「あっおいジョジョォ!それ俺のじゃあないか!」
「だと思うなら早く来いよ〜」
シーザーが奪い取るように手を伸ばすが避けて取らせない。そのやりとりを数回続けてからあっさりと返してやるとシーザーは不機嫌そうな顔のままアイスの袋を破き始める。
その様子を見つめながら表情は笑ったまま崩さないが内心グラグラとしていた
(何だ、なんなんだよ)
不思議な違和感を抱きつつそれを口にすることなくアイスの包装を剥ぎとった
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
side:J-03
8月 入道雲が絵のようにふつふつと沸いては大きさを増していく。
蝉が耳に残る鳴き声で朝から昼まで鳴き通し鳴いてると思えば夕方にはひぐらしの声が響く。そうして夜には外から吹き込む風と祖母が入れてくれるよく冷えたハーブティーを飲む。
そんなふうにコロコロと顔を変える夏が昔から好きだった
「クソ暑いのは別だけどねェン」
「随分と詩人なもんだな。おら、手動かせ」
「へーい。ったくシーザーって連れねえの」
悪態をつきつつも足元にあったダンボールの中身を確認してはまた閉じて移動させる。その作業をジョセフとシーザー以外にも数人が行っている
「もージョナ兄もちゃんと片付けたらいいのに…ディオ見習えよ」
貴重な夏休みを潰してまで研究室に赴いているのは部屋の片付けだ。
勉強も人としても完璧なジョナサンだが捨てることができない性格の彼はいらない書類やらなんやらを溜め込むくせがある。そのせいで部屋は段ボールと紙の山で常に溢れておりいつもほこりっぽいので来る度に生徒が気を使って窓を開放してくれる。
だが、この暑さで相当イライラしていたのかこの部屋のもう一人の主 経済学科教授のディオ・ブランドーが痺れを切らした
「なぜ貴様は部屋の片付けも十分にできんのだこのマヌケがァ!いいか!今から私が戻るまでに片付けておけよ!一人でできないなら生徒を呼び出すなりなんなりとしたらいいっ!」
そう言い残してディオは部屋を出ていったらしい。それで呼び出されたのが二時間前だ。
「昔っからそうなんだよなぁ。家族共用のスペースとかはちゃんとするのにパソコンのフォルダ整理とか片付けとか全然進まないの。」
「それだけものが大事で仕方ないんだろ」
「その点俺はしっかり分別できる男だから?ちゃんと綺麗にしてるわけよ〜」
「お前頭の中捨てる捨てないの二択しかなさそうだよな。」
部屋の奥の棚を二人係で片付ける。ほかの数人もそれぞれのところに散っているので近くに人はいない
あれからも変わらず夢を見るがそれは至って普通の夢であり、あの日のような夢は最近は見ていない。
だから自分自身気にしなくなっていたしシーザーも前より訪ねてこなくなった
一度立ち上がって体を動かすとふと窓から見えた一角が気になる。
敷地内の後ろには林が隣接しておりあまり人が近寄らない。
ただ、シーザーが時折入り込んでいくのを目撃している。このタイミングを逃したら聞けない気がして座り込んでシーザーに声をかける
「なぁシーザー、あれって何があるの」
「あ?あれって何だ」
「ほら、敷地内の一番奥端のさ、林になってるあたり」
こそこそと囁くような声になるのは一応は作業中という意識があるからだ。
今の説明で理解したのか小さく「あぁ」と呟いてから考え込む
「……教えね」
「えぇーっ!?何でだよォーっ!!」
「声がでけえっ!」
シーザーのが大きいけどねと思いつつも黙っておく。それより本題は別だ
「何があんの?シーザーちゃんたまにあそこ一人で行くよね?」
「だから教えねえって」
「シーザー、」
意識して落ち着いたふざけている態度など感じさせないような声を出す。これにシーザーは至極弱い。ぐっと一瞬ひるんだあとに考え込むように俯く
どうしたのかと思っていたら小さく声が聞こえた
「誰にも言わねえなら教えてやる」
「うん」
「誰にもいうなよ。言ったら殺す」
「お、おう……」
そこまで必死に隠すことかとも思ったが機嫌を損ねたらそこで終わりだ。素直にこくりと頷く。するといきなり手を掴まれる。
「えっなに」
「説明するより早いからな。裏口から隣に抜けてくぞ」
そういうとシーザーは立ち上がり傍にあった隣の部屋に続く扉に手をかける。ギ、と音はしたものの開かないというわけはなく普段使われない部屋に人がいるわけもないので難なく廊下に出た。そのままシーザーに連れられて廊下を歩く。方向からして行き先は中庭だ。中庭から出るのだろう
しばらく歩いて林の入口まで来るとそのままシーザーは入っていく。手は既に離れており早足で進むシーザーにうしろからついて行く。
木々の隙間から入る込む陽の光が風でざわざわと揺れてはシーザーの髪に反射して糸のようにキラキラと髪が揺れる
「シーザーまだかよ」
「もう少し我慢しろスカタン」
振り向きもしないまま返されてなんとなく面白くはないけれどあと少しで疑問に答えを導き出せるのだからまあいいかと思うことにする。
「ついたぜ」
シーザーの声で足元に落ちていた視線を上げる。
瞬間、息を飲んだ
そこは小さなひまわり畑だった。
奥にも林は続いているようだがそこだけが開けて一面にひまわりが太陽の方に頭を傾けている。風で小さく揺れる度揺れる黄色が青空に綺麗に映えている。
確かに綺麗な光景だ。これを隠しておきたい気持ちもわかる。でも、ジョセフはそれよりももっと重要な『何か』で動揺していた。
「綺麗だろ。いつも疲れたり、一人になりたくなるとここに来るんだ」
なぁ、シーザー。もしかしてお前は次にこういうのか
「ひまわりってなんかいいよな。太陽みたいで好きなんだ」
あぁ、やっぱり。これも夢と関係あるのかもしれない。
すごく大事なことで今すぐにでも思い出したいはずなのに、重要なワードは思い浮かぶのにそれがどうにも繋がらない。バラバラに集まって形にならない。
つい黙り込んでいるとシーザーがこちらを向いた
「……連れてこいって言っといてそれはないんじゃあないか?ジョジョ」
「……」
「おい?大丈夫か?顔色悪いぞ」
「え…」
言われて自分が冷や汗をかいていることに気づく。シーザーが歩いて近寄ってくる
「おい、まさか熱中症とか…」
「だっ……あ」
「…」
無意識だった。伸びてきた手を払い除けていた。シーザーが驚いたように目を見開いている。何か言わなくてはいけない。でも、それよりもさっきのことが気になって頭が回らない。黙っているとシーザーの表情が戻る。
「帰るか」
そう言いながらジョセフの横を通り抜けて元来た道を戻って行く。
「ご、ごめん!シーザーッごめん!」
慌てて追いかける。気分を悪くしただろうと必死に走る。身長差故に足の長さが違うのかあっという間に追いつくがシーザーは振り返ろうとしない
「シーザー!違うんださっきのはつい払っちまって、だから……」
「……ふふ」
突然笑い声が聞こえてつい立ち止まる。それと同時にシーザーも立ち止まる。その方が小刻みに震えている
「シー、ザーちゃん?」
「っはは…あー、悪い悪い―……なんかいつも気強いのに急にしおらしくなるからなんか面白くて……っく」
「は?」
「あーもうだめだ!あっはっはははは!もうまじなんだよそれ、ふ……あっはは」
えーと、全然怒ってない?
そうわかったら急にふつふつと怒りと羞恥心が込み上げてくる
「何笑ってんだよぉーっ!!こっちは必死なんだぜっ!?」
「だから悪いってっ……ぶっくく……あー!腹痛い!」
「オーノーッ!謝って損したぜっ!」
そのままシーザーの髪をグシャグシャと掻き混ぜると抵抗するように掴みかかってくる 気づくといつもの光景に戻っていた。
さっきのが夢と関係があるのは確実だ、それが気がかりでしょうがないが今はシーザーの笑いを止めるので必死だ。
ザワザワといっそう強く木々が鳴いた
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side:C-01
この間までの暑さが嘘のように一気に世界は寒さを増した。
どこまでも沸き上がるんじゃないかと思う雲も青い海も空もすっかり消えてしまった。あるのはもうすでに終りに近い紅葉と刺すような寒波である。
春先に出会ったジョセフとは互いに家を行き来するくらいには仲を深めていた。
出会い頭に突飛なことを聞いてきたのもあって警戒していた部分はあったもののもうすっかりそんなもの消えてしまったし、ちょっと画册で人懐っこいいいやつだなと思っている。
家を行き来するというのは最近になって増えてきた行事だ
休みの前や次の日の講義の一コマ目がなかったりするときはシーザーのアパートに。学校に近いのもあってかシーザーの家に転がり込むことが多いものの、気が向いたときは夕食の材料を買い込んでジョセフの家に行く。そしてジョセフの家族も交えて食事をとるというのがもうお決まりのパターンだ。夕食だけ済ませて帰るのも、その日は泊まるのも気分によって決まっていた。
そしてその日は金曜日だったのもあってシーザーの家に泊まることになった。
あとから来たジョセフが一緒に見ようと言って飲み物とスナック菓子とDVDを3本持ってきた。
「そんなに借りてきていつ見るんだ」
「え?飯食いながらこれ見るだろ?で、そのあとにあとの2本見る!」
説明しながらパッケージを取り出しては見せてくる。未だに人気の衰えないファンタジーとホラー映画を2本
最低でも1本2時間半だとして3本みるということは……
「オールする気かよ」
「あったりまえでショー!折角の花の金曜日なんだぜぇ?楽しまないとねン」
そういいながらご機嫌なままキッチンに立つシーザーの後ろを抜けて廊下の先の部屋に入る。その背中をなんとなく見つめていた
最近のジョセフは目に見えておかしかった。
人の顔を見ては一瞬怯えたような顔をする。そのあとはいつものおちゃらけた感じに戻るがそれでも無理しているとわかる。 嘘をつくのに長けているハズのジョセフがここまで分かりやすいのが気になってどうしたものかと尋ねてみたが一言だけ言われてあとははぐらかされた
「最近寝不足でねー。そんだけだから気にしないでホント!」
そう言ってケラケラと笑う。その顔に疲れが見えるがこれ以上追求するのは気が引けてそれで納得しておく
そして、少し口論になるとどんなに自分は悪くなくてもすぐに謝るようになった。必死に。懇願するように何度も繰り返して。
それまで一度もそんなことはなかった。どんな理由でも絶対に折れなかった。それで結局殴り合いにまで発展して最終的には二人で倒れ込んで馬鹿らしくなって終わるばかりだったのに。急に謝るようになった。それだけは聞いても理由は教えてもらえなかった
結局そのあとは夕食を済ませたあと眠気に襲われながらもしばらくは粘って起きていたがベッドの使用を勧めると申し訳なさそうにしたもののベッドに入って5秒で落ちた。呆れたがそれだけ疲れていたんだろうと寝顔をぼんやりとみつめる。
幼さが多少残った端正な顔は目は閉じられ口は半開きでだらしないことこの上ないがこのどうしようもない友人といるのが気づいたら楽しくなっていることに自分もコイツのペースに乗せられつつあるんだとシーザーは思う。
寝ているジョセフを考慮してDVDを止めてテレビの電源を落とす。カバンから旅行雑誌を取り出してページを捲る。捲っては印をつけてまた捲るの作業をゆっくりと続けて一時間ほど経った頃突然ジョセフが飛び起きた
「シーザー!!」
「うおお!?な、なんだどうした!!」
背後から突然呼ばれたことに驚きつつも振り返るとジョセフは緊張が解けたように良かったと小さく呟いてベッドに倒れ込む。
「なんだなんだ、どうしたんだ」
「んーん、気にしないで。シーザーちゃんが生きてたことが嬉しいだけだから」
放たれた言葉に思考が一瞬止まる。俺がなんだって?
「おい、俺がどうしたんだよ」
「あーんだから気にすんなよ……で、シーザーは何してンの?」
上半身だけ起きて後ろからシーザーの手元を覗き込む。開かれていたのはベルギーの写真が載ったページだった。
「あぁ、実は春休みが始まると同時に留学する友達がいて、一旦退学の形を取るからじゃあ卒業旅行でも、って話になったんだ」
「ふーん、どこ行くの?」
「今一番希望として多いのは……あぁ、あったスイスが多いな」
パラパラとページを捲り開いたのはスイスのとある雪山の写真だ。恐らくスキー場か何かだろう。
ページに集中していたシーザーは後ろのジョセフが一瞬息を飲んだことに気付かなかった
「どうせ二月から休みなんだし早いほうがいいからーって休み入ったらすぐ行くことになったんだ。ここならスキーもできるしちょうどい…」
「駄目だ!」
突然怒鳴り声を上げられて一度大きく心臓がはねる。何事かと振り向こうとしたタイミングと同時に肩を掴まれて向き合う形になる
「おいジョジョ!手をどけろ!痛ぇんだよこの馬鹿力!」
「ダメだ!そこだけは絶対に行かせない!何がなんでも行かせない!」
「おい、何言ってんだよ…」
「スキーがしたいならそこらへんにできるとこあんだろ!?ここじゃなくてもいいじゃあねえか!」
「ジョ」
「何なら!せめて時期ずらそうぜ!?三月でもまだ場所によっては」
「っいい加減にしろよ!おめえに口出す権利はねえだろうがよ!」
手を強引に払い除けてから後悔した 目の前のジョセフが泣きそうな顔になる。
「あ……違うんだこれは」
「ごめん」
そういうと雪崩るようにベッドから落ちた。そのまま床に蹲る
「ごめん……ゴメンなシーザー…ごめん、俺が口出すことじゃないな…ごめん」
「ジョジョ…?」
「でも、頼むからそこにだけは行って欲しくないんだ。お願いだから、本当にお願いだから…」
そのあとも小さく「ごめん、ごめんな、でも頼むから」と繰り返すジョセフが到堪れなくて背中をさする。いつもは自分より幾分も大きいその背中がその時だけは小さく頼りなかった。
「……何があったんだよ」
「…聞いてもきっといい気分にならない」
「そういう問題じゃないだろ。理由がわからなきゃ俺もどうしよもない」
あやすようにするとジョセフは顔を上げた。深緑色の瞳が涙でキラキラと揺れては一度大きな粒となって頬を伝ってこぼれ落ちる
「……じゃあ、聞いて欲しい。」
そう前置きするとジョセフはゆっくりと語り始めた
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
クソ長いので次に続きます。
大学の中庭 建物で囲われたここから上を見上げると四角に切り取られたように青空が見える。白い雲が風に乗って流れていく。
終業のチャイムがそろそろ鳴る頃だろうかと思いつつ足元に来ていた鳩に持っていた昼食のパンをちぎって蒔くと一斉につつき出す。それでも数羽だけ膝やら頭にとどまって動かない。なんだろう、動物に好かれる体質なのかもしれない
「いや、ソレはねぇな…多分」
そう呟いてジョセフの思考回路は朝見た夢に移動する。
どこかの国、雰囲気からしてイギリスかイタリアあたりだろう。公園で噴水の淵に座り込む自分。同じように鳩と戯れていたと思う。
それから誰か、一人の男 ブロンドの意志の強そうな眼をした男。目の下のあざがポイントになっていた。
目が覚めた時に覚えていたのはそこまでだ。だが自分はそこに行った記憶もないしそんな知り合いはいない
だったらあれは何なのか。偶然なのかそれとも何かあるのか
「……」
所詮夢の事だと考えるのをやめて姿勢を変えるため動く。バサバサと鳩が羽ばたいて離れるがそれでもすぐに定位置に戻る。
何と言うか、うん
「ここの鳩は人懐っこいねぇ」
そう呟いてふと何かが引っかかった。このセリフを知っている。いや、言ったことがある
いつ、どこで?
いくら考えてももやもやと形のつかめないまま引っかかっている。そうしていると声がした
「朝からサボリとは立派だなぁ。ジョースター君?」
凛とした声がしてそちらに目を向ける。向けた瞬間弾かれたように立ち上がる
ブロンドの髪 意志の強そうな眼 目の下のあざ 目の前にいる男はそれを全て備えていた
今度こそ高く羽ばたく鳩が微かに光を反射して視界をチカチカと光らせる。
夢の男だ
「教室の外を見てたらなんかでかい男が座りこでると思えばお前だったのか」
そう言いながらこちらに近づいてくる。ドクンドクンと心臓が脈をうってうるさい。
俺はコイツを知っている。
「なぁ」
気付いたら声を発していた
「なんだよ」
「俺らどっかで会ったことない?」
静寂が流れた――ような気がした。すぐに目の前の男が怪訝な顔をする
「……そんな口説き文句今時女にも効かねえぜ……」
「そうじゃねえよお〜!そういうことじゃなくてホンットにどこでも会ってない?」
少しでも、なにか手がかりがあればいい。男の表情は穏やかなものに戻る
「お前と会うのは初めてだが、俺はお前を知ってるぜジョセフ・ジョースター」
「えっ何で?」
この大学に入学してまだ一ヶ月だ。まだ何も問題は起こしていないしそもそもやっと生活になれてきたところだ。
「考古学科教授、ジョナサン・ジョースターの従兄弟で、優秀な男かと思えば聞けば成績は合格ラインギリギリで、しかも相当ヤンチャやってたらしいじゃあないか。色々と噂になってるぜ」
「オーノーッ!俺そんな風に言われてんのかよ!」
ここに入ったのは確かに従兄弟のジョナサンがいたからだ。最初は何かと有利かと思いきや「ズルはいけないよね」とかにこやかに言われて必死で勉強するハメになり、どうにか滑り込んだのだ。しかも過去の事まで知れ渡ってるなんて俺の大学生活は大丈夫か。
そんな思いでつい頭を抱え込みたくなる。
「まぁこのこと知ってるのは先生たちと一部の生徒だがな。で、お前はここで何してんだサボリか」
男はクスクスと笑う。ジョセフが元いたところに座りなおすと近くに腰を下ろす
「ちげーよ。朝早く目が覚めちゃってきたら今日は三限からだったんですぅ」
「おま……じゃああと一コマこうしてんのかよ」
「まあなー今から家戻ってもしょうがないし?」
「ふーん…」
「そういうアンタはどうなんだよ。」
「そうだな…とりあえず俺も次の時間は取ってないから、お前に付き合ってやってもいいぜ」
「は?」
そう来るとは思っておらずについ間抜けな声が出る。
「さっきの話聞かせろよ。なんであんなクサイ口説き文句言ったのかな」
「だーからっ!あれは口説いてるわけじゃねえから!」
「わかった!わーかったから」
つい声を荒げると防御するフリなのか手を目の前にかざす。その表情が楽しそうで一気に戦意を削がれる
「……いいぜ、話してやるよ。アンタ名前は」
「シーザー、シーザー・A・ツェペリだ」
「あっそ、まぁ俺のことは知ってるかもしれねえけどとりあえずな。ジョセフ・ジョースター ジョジョって呼んでくれ」
あぁ、このセリフもどこかで言った気がする。まったく朝から気になることがおおすぎて気分が悪い
「よろしくな、ジョジョ」
そう言いながら手が差し出される。ハイタッチのつもりなのか手のひらをこちらに向けて。
それに素直に返すのもシャクだ。拳を強く付き合わせる
「よろしくな、シーザー」
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
side:J-02
6月、梅雨入り宣言が出たにも関わらず、真夏のような晴天は続く。
ジリジリと焼けるような暑さだろうなと思いつつ涼しい校内を歩く。
「いーやぁ。大学内は天国だなー。空調設備しっかりしてて、休んで過ごすにはもってこいだぜ」
「お前何しに学校来てるんだ」
「そりゃ勿論!勉学に励むために決まってんだろー!」
「とか言いながらお前いつも寝てるんだろ」
「………誰情報」
「スモーキー」
あの野郎あとで絶対殴る。
完璧に八つ当たりだが涼しくて過ごしやすい教室がいけないとさっきまで崇めていた空調設備も呪い始める。
あれからシーザーとは頻繁にやりとりをするくらいには仲良くなっていた。あの後夢の話をしたらどうせ夢の話だと流されたがそれでも気になるらしくたまにほかに心当たりはないのかと聞かれる。
ただ、あれ以来特に気にするような夢は見ていない。結局あれはなんなのかと思いつつ時間が経っていた
そのうちに目的地にたどり着く。研究室だ
「失礼しまぁす」
古ぼけた木製の扉をノックせずに開け放ち中に入る
「やぁ、二人ともいらっしゃい。ジョセフ、ノックはしっかりしてって何度いえばわかるのさ」
ギッと音を立てて椅子の背もたれが軋む。そこに座り込んでいるのは考古学科教授のジョナサン・ジョースター。ジョセフの従兄弟だ
背格好はよく似ているが穏やかな雰囲気と話し方が気の強いジョセフとは正反対だ
「はーいはい。それよりホラ買ってきたぜ」
二つ返事をしながら手に持っていたものを渡す。どうしてもと頼まれたコンビニのアイス。言われた種類がなくて二つ向こうのコンビニまで歩いてきた。
「わ、ありがとー。シーザーもね」
「いえ、別に俺は……」
恥ずかしいのか曖昧に返事をするシーザーにニッコリと微笑んだジョナサンは早速アイスに手をかける
「いやー急にね食べたくなっちゃって……あれ、なんか多くない?」
袋の中を探ると自分のお目当ての品とは別に二つ入っている
「それ?俺とシーザーの」
「…僕のお金だよね?」
「すいません!俺はやめようって言ったんですけど……やっぱり俺の分だけでも返金…」
立ち上がりそうな勢いのシーザーを引き止める
「ううん。いいんだよシーザーせっかく行ってくれたしお礼だよ」
「そそ、だから気にすんなって」
「ジョセフは気にしてね?」
にこやかなまま冷たい声で対応するところからして少しばかり怒っているのかとシーザーは内心ハラハラしていた。
「あっ…窓、開けますね。」
今度こそ立ち上がり狭い室内の置くまで入っていく。鍵を外して窓を開く。
風が強く吹き込む。 それに舞い上げられて中庭から無数のシャボン玉があがる。
虹色を反射して空に昇る、それを背景に立つシーザーの姿に大きく心臓が跳ねる
「―――!」
また、あの夢の時の感覚だ。
シャボン玉とシーザーが脳裏にフラッシュバックする。それはいま目の前にいるシーザーではなく、夢の中の彼だ。
世界のすべてがゆっくりと動き、音が止んだそんな感覚に包まれる。
早くしないと消えてしまうような。
「ああ、どこかのサークルかな」
「すごいですね……」
「綺麗だねぇ」
「……」
「ジョジョ?」
シーザーに呼ばれてハッと現実に引き戻される。シーザーもジョナサンも不思議そうにこちらを振り返っていた
「大丈夫か?」
「えっあぁ、全然大丈夫だぜ」
「もしかして暑さで具合悪い?なんなら医務室に……」
「だーいじょうぶだって!ほら!アイス溶けちまうぜぇ」
いいながら袋をあさってアイスを二つとも取り出す
「あっおいジョジョォ!それ俺のじゃあないか!」
「だと思うなら早く来いよ〜」
シーザーが奪い取るように手を伸ばすが避けて取らせない。そのやりとりを数回続けてからあっさりと返してやるとシーザーは不機嫌そうな顔のままアイスの袋を破き始める。
その様子を見つめながら表情は笑ったまま崩さないが内心グラグラとしていた
(何だ、なんなんだよ)
不思議な違和感を抱きつつそれを口にすることなくアイスの包装を剥ぎとった
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side:J-03
8月 入道雲が絵のようにふつふつと沸いては大きさを増していく。
蝉が耳に残る鳴き声で朝から昼まで鳴き通し鳴いてると思えば夕方にはひぐらしの声が響く。そうして夜には外から吹き込む風と祖母が入れてくれるよく冷えたハーブティーを飲む。
そんなふうにコロコロと顔を変える夏が昔から好きだった
「クソ暑いのは別だけどねェン」
「随分と詩人なもんだな。おら、手動かせ」
「へーい。ったくシーザーって連れねえの」
悪態をつきつつも足元にあったダンボールの中身を確認してはまた閉じて移動させる。その作業をジョセフとシーザー以外にも数人が行っている
「もージョナ兄もちゃんと片付けたらいいのに…ディオ見習えよ」
貴重な夏休みを潰してまで研究室に赴いているのは部屋の片付けだ。
勉強も人としても完璧なジョナサンだが捨てることができない性格の彼はいらない書類やらなんやらを溜め込むくせがある。そのせいで部屋は段ボールと紙の山で常に溢れておりいつもほこりっぽいので来る度に生徒が気を使って窓を開放してくれる。
だが、この暑さで相当イライラしていたのかこの部屋のもう一人の主 経済学科教授のディオ・ブランドーが痺れを切らした
「なぜ貴様は部屋の片付けも十分にできんのだこのマヌケがァ!いいか!今から私が戻るまでに片付けておけよ!一人でできないなら生徒を呼び出すなりなんなりとしたらいいっ!」
そう言い残してディオは部屋を出ていったらしい。それで呼び出されたのが二時間前だ。
「昔っからそうなんだよなぁ。家族共用のスペースとかはちゃんとするのにパソコンのフォルダ整理とか片付けとか全然進まないの。」
「それだけものが大事で仕方ないんだろ」
「その点俺はしっかり分別できる男だから?ちゃんと綺麗にしてるわけよ〜」
「お前頭の中捨てる捨てないの二択しかなさそうだよな。」
部屋の奥の棚を二人係で片付ける。ほかの数人もそれぞれのところに散っているので近くに人はいない
あれからも変わらず夢を見るがそれは至って普通の夢であり、あの日のような夢は最近は見ていない。
だから自分自身気にしなくなっていたしシーザーも前より訪ねてこなくなった
一度立ち上がって体を動かすとふと窓から見えた一角が気になる。
敷地内の後ろには林が隣接しておりあまり人が近寄らない。
ただ、シーザーが時折入り込んでいくのを目撃している。このタイミングを逃したら聞けない気がして座り込んでシーザーに声をかける
「なぁシーザー、あれって何があるの」
「あ?あれって何だ」
「ほら、敷地内の一番奥端のさ、林になってるあたり」
こそこそと囁くような声になるのは一応は作業中という意識があるからだ。
今の説明で理解したのか小さく「あぁ」と呟いてから考え込む
「……教えね」
「えぇーっ!?何でだよォーっ!!」
「声がでけえっ!」
シーザーのが大きいけどねと思いつつも黙っておく。それより本題は別だ
「何があんの?シーザーちゃんたまにあそこ一人で行くよね?」
「だから教えねえって」
「シーザー、」
意識して落ち着いたふざけている態度など感じさせないような声を出す。これにシーザーは至極弱い。ぐっと一瞬ひるんだあとに考え込むように俯く
どうしたのかと思っていたら小さく声が聞こえた
「誰にも言わねえなら教えてやる」
「うん」
「誰にもいうなよ。言ったら殺す」
「お、おう……」
そこまで必死に隠すことかとも思ったが機嫌を損ねたらそこで終わりだ。素直にこくりと頷く。するといきなり手を掴まれる。
「えっなに」
「説明するより早いからな。裏口から隣に抜けてくぞ」
そういうとシーザーは立ち上がり傍にあった隣の部屋に続く扉に手をかける。ギ、と音はしたものの開かないというわけはなく普段使われない部屋に人がいるわけもないので難なく廊下に出た。そのままシーザーに連れられて廊下を歩く。方向からして行き先は中庭だ。中庭から出るのだろう
しばらく歩いて林の入口まで来るとそのままシーザーは入っていく。手は既に離れており早足で進むシーザーにうしろからついて行く。
木々の隙間から入る込む陽の光が風でざわざわと揺れてはシーザーの髪に反射して糸のようにキラキラと髪が揺れる
「シーザーまだかよ」
「もう少し我慢しろスカタン」
振り向きもしないまま返されてなんとなく面白くはないけれどあと少しで疑問に答えを導き出せるのだからまあいいかと思うことにする。
「ついたぜ」
シーザーの声で足元に落ちていた視線を上げる。
瞬間、息を飲んだ
そこは小さなひまわり畑だった。
奥にも林は続いているようだがそこだけが開けて一面にひまわりが太陽の方に頭を傾けている。風で小さく揺れる度揺れる黄色が青空に綺麗に映えている。
確かに綺麗な光景だ。これを隠しておきたい気持ちもわかる。でも、ジョセフはそれよりももっと重要な『何か』で動揺していた。
「綺麗だろ。いつも疲れたり、一人になりたくなるとここに来るんだ」
なぁ、シーザー。もしかしてお前は次にこういうのか
「ひまわりってなんかいいよな。太陽みたいで好きなんだ」
あぁ、やっぱり。これも夢と関係あるのかもしれない。
すごく大事なことで今すぐにでも思い出したいはずなのに、重要なワードは思い浮かぶのにそれがどうにも繋がらない。バラバラに集まって形にならない。
つい黙り込んでいるとシーザーがこちらを向いた
「……連れてこいって言っといてそれはないんじゃあないか?ジョジョ」
「……」
「おい?大丈夫か?顔色悪いぞ」
「え…」
言われて自分が冷や汗をかいていることに気づく。シーザーが歩いて近寄ってくる
「おい、まさか熱中症とか…」
「だっ……あ」
「…」
無意識だった。伸びてきた手を払い除けていた。シーザーが驚いたように目を見開いている。何か言わなくてはいけない。でも、それよりもさっきのことが気になって頭が回らない。黙っているとシーザーの表情が戻る。
「帰るか」
そう言いながらジョセフの横を通り抜けて元来た道を戻って行く。
「ご、ごめん!シーザーッごめん!」
慌てて追いかける。気分を悪くしただろうと必死に走る。身長差故に足の長さが違うのかあっという間に追いつくがシーザーは振り返ろうとしない
「シーザー!違うんださっきのはつい払っちまって、だから……」
「……ふふ」
突然笑い声が聞こえてつい立ち止まる。それと同時にシーザーも立ち止まる。その方が小刻みに震えている
「シー、ザーちゃん?」
「っはは…あー、悪い悪い―……なんかいつも気強いのに急にしおらしくなるからなんか面白くて……っく」
「は?」
「あーもうだめだ!あっはっはははは!もうまじなんだよそれ、ふ……あっはは」
えーと、全然怒ってない?
そうわかったら急にふつふつと怒りと羞恥心が込み上げてくる
「何笑ってんだよぉーっ!!こっちは必死なんだぜっ!?」
「だから悪いってっ……ぶっくく……あー!腹痛い!」
「オーノーッ!謝って損したぜっ!」
そのままシーザーの髪をグシャグシャと掻き混ぜると抵抗するように掴みかかってくる 気づくといつもの光景に戻っていた。
さっきのが夢と関係があるのは確実だ、それが気がかりでしょうがないが今はシーザーの笑いを止めるので必死だ。
ザワザワといっそう強く木々が鳴いた
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side:C-01
この間までの暑さが嘘のように一気に世界は寒さを増した。
どこまでも沸き上がるんじゃないかと思う雲も青い海も空もすっかり消えてしまった。あるのはもうすでに終りに近い紅葉と刺すような寒波である。
春先に出会ったジョセフとは互いに家を行き来するくらいには仲を深めていた。
出会い頭に突飛なことを聞いてきたのもあって警戒していた部分はあったもののもうすっかりそんなもの消えてしまったし、ちょっと画册で人懐っこいいいやつだなと思っている。
家を行き来するというのは最近になって増えてきた行事だ
休みの前や次の日の講義の一コマ目がなかったりするときはシーザーのアパートに。学校に近いのもあってかシーザーの家に転がり込むことが多いものの、気が向いたときは夕食の材料を買い込んでジョセフの家に行く。そしてジョセフの家族も交えて食事をとるというのがもうお決まりのパターンだ。夕食だけ済ませて帰るのも、その日は泊まるのも気分によって決まっていた。
そしてその日は金曜日だったのもあってシーザーの家に泊まることになった。
あとから来たジョセフが一緒に見ようと言って飲み物とスナック菓子とDVDを3本持ってきた。
「そんなに借りてきていつ見るんだ」
「え?飯食いながらこれ見るだろ?で、そのあとにあとの2本見る!」
説明しながらパッケージを取り出しては見せてくる。未だに人気の衰えないファンタジーとホラー映画を2本
最低でも1本2時間半だとして3本みるということは……
「オールする気かよ」
「あったりまえでショー!折角の花の金曜日なんだぜぇ?楽しまないとねン」
そういいながらご機嫌なままキッチンに立つシーザーの後ろを抜けて廊下の先の部屋に入る。その背中をなんとなく見つめていた
最近のジョセフは目に見えておかしかった。
人の顔を見ては一瞬怯えたような顔をする。そのあとはいつものおちゃらけた感じに戻るがそれでも無理しているとわかる。 嘘をつくのに長けているハズのジョセフがここまで分かりやすいのが気になってどうしたものかと尋ねてみたが一言だけ言われてあとははぐらかされた
「最近寝不足でねー。そんだけだから気にしないでホント!」
そう言ってケラケラと笑う。その顔に疲れが見えるがこれ以上追求するのは気が引けてそれで納得しておく
そして、少し口論になるとどんなに自分は悪くなくてもすぐに謝るようになった。必死に。懇願するように何度も繰り返して。
それまで一度もそんなことはなかった。どんな理由でも絶対に折れなかった。それで結局殴り合いにまで発展して最終的には二人で倒れ込んで馬鹿らしくなって終わるばかりだったのに。急に謝るようになった。それだけは聞いても理由は教えてもらえなかった
結局そのあとは夕食を済ませたあと眠気に襲われながらもしばらくは粘って起きていたがベッドの使用を勧めると申し訳なさそうにしたもののベッドに入って5秒で落ちた。呆れたがそれだけ疲れていたんだろうと寝顔をぼんやりとみつめる。
幼さが多少残った端正な顔は目は閉じられ口は半開きでだらしないことこの上ないがこのどうしようもない友人といるのが気づいたら楽しくなっていることに自分もコイツのペースに乗せられつつあるんだとシーザーは思う。
寝ているジョセフを考慮してDVDを止めてテレビの電源を落とす。カバンから旅行雑誌を取り出してページを捲る。捲っては印をつけてまた捲るの作業をゆっくりと続けて一時間ほど経った頃突然ジョセフが飛び起きた
「シーザー!!」
「うおお!?な、なんだどうした!!」
背後から突然呼ばれたことに驚きつつも振り返るとジョセフは緊張が解けたように良かったと小さく呟いてベッドに倒れ込む。
「なんだなんだ、どうしたんだ」
「んーん、気にしないで。シーザーちゃんが生きてたことが嬉しいだけだから」
放たれた言葉に思考が一瞬止まる。俺がなんだって?
「おい、俺がどうしたんだよ」
「あーんだから気にすんなよ……で、シーザーは何してンの?」
上半身だけ起きて後ろからシーザーの手元を覗き込む。開かれていたのはベルギーの写真が載ったページだった。
「あぁ、実は春休みが始まると同時に留学する友達がいて、一旦退学の形を取るからじゃあ卒業旅行でも、って話になったんだ」
「ふーん、どこ行くの?」
「今一番希望として多いのは……あぁ、あったスイスが多いな」
パラパラとページを捲り開いたのはスイスのとある雪山の写真だ。恐らくスキー場か何かだろう。
ページに集中していたシーザーは後ろのジョセフが一瞬息を飲んだことに気付かなかった
「どうせ二月から休みなんだし早いほうがいいからーって休み入ったらすぐ行くことになったんだ。ここならスキーもできるしちょうどい…」
「駄目だ!」
突然怒鳴り声を上げられて一度大きく心臓がはねる。何事かと振り向こうとしたタイミングと同時に肩を掴まれて向き合う形になる
「おいジョジョ!手をどけろ!痛ぇんだよこの馬鹿力!」
「ダメだ!そこだけは絶対に行かせない!何がなんでも行かせない!」
「おい、何言ってんだよ…」
「スキーがしたいならそこらへんにできるとこあんだろ!?ここじゃなくてもいいじゃあねえか!」
「ジョ」
「何なら!せめて時期ずらそうぜ!?三月でもまだ場所によっては」
「っいい加減にしろよ!おめえに口出す権利はねえだろうがよ!」
手を強引に払い除けてから後悔した 目の前のジョセフが泣きそうな顔になる。
「あ……違うんだこれは」
「ごめん」
そういうと雪崩るようにベッドから落ちた。そのまま床に蹲る
「ごめん……ゴメンなシーザー…ごめん、俺が口出すことじゃないな…ごめん」
「ジョジョ…?」
「でも、頼むからそこにだけは行って欲しくないんだ。お願いだから、本当にお願いだから…」
そのあとも小さく「ごめん、ごめんな、でも頼むから」と繰り返すジョセフが到堪れなくて背中をさする。いつもは自分より幾分も大きいその背中がその時だけは小さく頼りなかった。
「……何があったんだよ」
「…聞いてもきっといい気分にならない」
「そういう問題じゃないだろ。理由がわからなきゃ俺もどうしよもない」
あやすようにするとジョセフは顔を上げた。深緑色の瞳が涙でキラキラと揺れては一度大きな粒となって頬を伝ってこぼれ落ちる
「……じゃあ、聞いて欲しい。」
そう前置きするとジョセフはゆっくりと語り始めた
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クソ長いので次に続きます。
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