島全体が海に面しているこの島は真冬になると予想通り寒くなる。
一歩、また一歩と進むうちに足の裏からタイルの冷たさが痛いように伝わる。

「さぁーみぃな…」
冷たくなったマスクのなかで小さく声にしてみるがだからと言って寒さが去っていくわけでもなく両腕で肩を抱きながら長い廊下を走る。目的地はキッチンだ。
寒さで深夜に目を覚ましたジョセフは寝直すこともできずにキッチンでカフェオレでも入れて落ち着こうと思いベッドを抜け出した。窓から入ってくる月明かりと闇のコントラストのはっきりとした廊下を横切ってキッチンのドアを音を立てずに開ける。
誰もいないと思っていたのにドアを開けると光が溢れて照らされる。誰だろう スージーQならまだしもリサリサや師範代には早く寝ろと追い返されるだけなので会いたくない。シーザーはもう寝ているだろうから他の4人しかだろうかと思いつつ中を覗く。
「あら」
そこにいたのは予想外にもシーザーだった。テーブルに座って、やはり寒いのかマグカップを大事なものを持つように両手で包んでいる。入口が死角になる位置に座っているからジョセフには気づいていない。
なんと声をかけようかと思った挙句小さないたずらを思いついたからか口角が持ち上がるのがわかる。
静かにできるだけ音を立てずに背後まで近づく。
(あれ、気づかれない)
いつものシーザーならここで気づいて振り返るだろう。もしくは限界まで近づけて攻撃をしかけてくるかだ。
ソ、と手を伸ばす。気づかれない。そのまま白い首筋に触れる
「ぎゃあっ」
「ヘヘッ ビックリしたァ?」
突然の冷たさにいつもの冷静さはない小さな悲鳴を上げる。振り返った表情はキッと睨んでいた

「なんのようだジョジョ!」
「アラ、俺がここにいちゃ行けないのぉ?」
「そういうことじゃあない!こんな子供じみたことをしてないで普通に入ってくればいいだろうがスカタン!」
「ほら、そんなでかい声出してたら皆起きてくるぜ?」
わざと声を潜めて言うとそれっきり黙り込んでしまう。
それでとりあえずは満足なのでそのままシーザーの隣に座る。
「…こんだけ空いてんだ。隣じゃなくていいだろ。」
「だっていつも使ってる場所のが落ち着くし、それに」
「…なんだよ。」
「せっかく二人きりなんだし、ね」
シーザーの目を見て囁くとフッと顔をそらされる。耳まで真っ赤になっているのが見えているから誤魔化しきれてないぜと内心笑う。
机の上を見るとシーザーが持っていたマグカップにはカフェオレが注がれている。まだ半分ほど入っていてかすかに白い湯気が空中にあがって溶けるように消える。
あとは袋のまま出されたクッキーのような菓子だった
「何、これ」
「あ?あぁなんかつまもうかと思って漁ってたら出てきたんだよ。」
「ふーん。ミルククリスピーね」
袋から一つ取り出す。薄いパイのようなクリスピーに白いミルククリームが挟みこまれていて微かな甘い匂いが鼻をくすぐる
一口で頬張る。サクサクと心地いい音とともにクリームの甘さが沁みる
「なんか飲むか。」
「あ、カフェオレがいい」
そういうと二つ返事をしながらシーザーが立ち上がる。自分のマグカップも持ってシンクのほうに歩いていく
良く考えたらこの時間にカフェインなんてとったら余計眠れないような気もするが黙っておこう。
少ししてシーザーが今度は二つのマグカップを持って戻ってきた
「ほら」
「サンキューね。あ、シーザー」
「なんだ」
ん、とマスクをトントンと二回叩くとそれで察したのかそのまま手を伸びてきたかと思ったらバチンと音を立ててマスクの留め金が外れる。そのまま空中でマスクを受け止めてテーブルに置くとシーザーはさっきの位置に座った
「これウマいなぁ。……これ、スージーQのだったらどうする?」
「あー…そこまで考えてなかったなぁ。とかいいながらお前はまだ食うのな」
しゃべっている間もジョセフはミルククリスピーを齧っていた。 普段から菓子を買ってきては楽しみに隠しておく癖のあるスージーQだ。これもその一つの可能性がある。
「だって疲れた頭には糖分が一番だぜあーウマイウマイ」
「何言ってんだよ…まぁあれだな。もしそうだとしたらまた代わりに買ってきてやればいいかな。」
「そうだな。」
それを最後に沈黙が流れる。サクサクとクリスピーを齧るおととマグカップを置いた時に小さく鳴るテーブルの音。それから時計の針が進む音だけだ。
ただ、普段の騒がしい一日と疲れきった体にはこれで十分すぎるほどの贅沢だった。気にせずともいい時の流れと静かな空気と隣に誰かがいるということ。
世間一般でいうソレとは少しばかり違うかもしれないが恋人である二人にとって至福の時間とはこういうことを言うんじゃないだろうかとジョセフはぼんやりと頭の隅で考えていた

ふと左手に何かが触れて意識が戻ってくる。見るとシーザーが手を重ねていた。白く長い指は男のゴツゴツと骨張った手だったけど自分の手と比べ物にならないくらい綺麗だ。顔を上げると本人は別の方向を見ていて表情が見えない。
「どうしたのシーザーちゃん」
「ジョジョ」
一度だけ名前を呼ぶとギュと手に力が入る。
「ずっと」
「うん」
一つ息をのんでから静かに言葉が紡がれる

「ずっと一緒にいような」
「……っどうしたんだよシーザー」
おどけたように聞き返すが声からして冗談を言っているわけでもなく本気なのが伝わった。だからこの空気に戸惑っていたのだろう。
「この戦いが終わって国に戻っても……どんな形でもいい。友達とかそんな形でいいから、ずっと傍にいたい」
「シーザー………」

こんな関係がずっと続くわけがないのはシーザーもジョセフもなんとなくわかっていることだった。
終わってそれぞれ国に戻ればあうことも減るだろう。例えどちらかが相手の方に越してきて近くにいるとしても、恋人という形は保てないのだ。
よくて親友とかそんな形だ。
それでも認めるのが嫌でずっと別の何かに目をそらしたのだ。戦いが厳しくてほかの事に目が行きませんでしたというように。

「……なーに言ってんだよシーザー!」
手を包むように握りなおす。暖かいシーザーの温度が直に伝わる
「一緒に決まってんだろ!ずっと一緒だろうが!何ならお前がイギリスに来てもいいし俺がイタリアに行ってもいい!」
「ジョジョ」
「だからさ、大丈夫だから」

だから、その先が続かない。だからなんだというのだろう。ただのいい訳だとわかっている。
キュと今度は指が手に絡む。ふと顔を上げるとシーザーがこっちを向いていた
「ありがとう」
その柔らかい笑顔がなにか引っかかりになって胸が締め付けられるような感覚に陥った


- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
半壊した屋敷の中を見渡す。崩れた壁や天井の瓦礫が無造作になっている。

「シーザー!」
さっきまでの喧騒がやんで不安から焦る。
名前を呼ばれた 受け取ってくれと。何を託されたのかわからないまま。何も言わないまま
視界の端に奇妙な赤色が映りこんでそちらを見る。
赤いシャボン玉が光を反射しながら浮いている。今にも割れそうに。
触れるとパチンと音を立てて弾ける。出てきたのはシーザーのバンダナに結ばれた指輪だ

「あぁ……」

それだけでわかりきってしまって力が抜ける。思い出すのはあの日のことだ

―ずっと、ずっと一緒にいような―

そういったのはシーザーだ。先に言ったのはシーザーだ。
先に行ったのも、シーザーだ

「あぁ……ごめん、ごめん……」

ずっとそばにいると思い込んでいた。
こんなことならあの時もっと真剣に取り合うんだった。さっきも、喧嘩別れなんてしなくて好きだと伝えたら良かったんだ。

「ごめん。ごめんなぁ………」

あの手は暖かくて、そのせいで緩く溶けて消えていったのかもしれない。太陽に当てたチョコレートのように跡形もなく

「好きだ………好きだ、馬鹿っ……あぁ」

あの日に伝えられなかった思いが溢れる

「シーザー……」

あの誇り高き強さもそれでも時折顔をのぞかせる脆さも
柔らかな金色も海のような瞳も全部、

全部



「大好き………だよ」





-Fin -

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原作沿いジョセシー
甘甘ってこうですかわかりません(>_<)

イメージ曲:ミルクリスピー/クリープハイプ
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