天井が歪む
体が重くぐったりとこのままベッドに沈みこんでしまいそうだ
回らない頭でもそんなことだけは思ってしまう。
電子音がどこか遠くでなった気がしたが自分一人しかいないこの部屋で鳴る音なんて今咥えている体温計だけだろうと思いいつもより重く感じる腕を使って体温計を頭の上に掲げる
「38°………」
無機質な数字を見てやれやれだわと呟く
夏風邪なんて馬鹿がひくものだとアナスイをからかっていたのはつい一昨日お見舞いに行った時だ。一時間そこらしかいなかったけれど忌々しいことにしっかりもらい受けたみたいだ
絶対次あったら殴るとアナスイへの八つ当たりが決定したところで体温計をベッド横のテーブルに放るように置く
どうしようかと考え込む
今家には自分以外いない。別居している母がいるはずもないし父も今日に限って仕事で遠出している
そして多分あの神出鬼没で自由奔放な幽霊もいないだろう。
「幽霊………花京院…」
最後に彼にあったのはいつだろう。小学校4年の夏休みにひょっこりと顔を出したからもう二年はあっていないな。
幽霊…花京院……幽霊院?
くだらないことを思いついてクスリと笑う。こんなときでもくだらないことは考えてしまう。
ふぅ、と息をついて昔のことを思い出す
昔は風邪をひくたびにいつも家で一人でいた気がする。
母も一緒に暮らしていた時もそういう時に限って用事が出来ていなくなるし、忙しかった父は当然いなかった
いつも母も父も出かける前に私に言い聞かせるようにいうのだ
「ごめんね。一人になるけど大丈夫?」
そんなこと言うなら家にいてくれればいいのにとも思ったけれどしゃがみこんで申し訳ないという顔で私を見上げる顔と、ひんやりと冷たさの伝わる手が気持ち良くてそんなこと言えるわけもない
「大丈夫よ。気にしないで」
そう気丈に振舞ってみる。
「貴方、しっかりしてて、思ってること滅多に言わないからママもパパも甘えちゃってごめんなさいね。」
そんなふうなやりとりを繰り返して最後に私は決まって―
「私は……」
「あ、起きたかい?」
声が聞こえて目線を動かすと男が一人いた
前髪が一房だけ長い、赤茶色をした髪と傷跡の残る優しい瞳――花京院だ
「花京院……」
「久しぶり。承太郎が徐倫のことを気にかけちゃって仕事になってないから僕が来てみたよ」
そう言って大きな唇を歪ませて笑う。小さい時のあのままの顔だ
「熱は?」
「はち…………37」
「はいはい。38°だね」
何となく張った見栄をあっさりと見破られる
「…レディーの嘘に気づかないのも優しさなのよ」
「こんなときに嘘つかれてもねぇ」
クスクスと笑いながら額を触られる ゴツゴツとした、それでも父とはまた違うその手が心地よいひんやりと冷たい感触に目を細める
そのまま移動して髪をサラサラと梳かれる きっと私が寝付くまで、起きてもこうしてくれている。そうおもって何故か落ち着いた。
それでもふと冷たい感触は離れる。見ると花京院はゆるりと立ち上がっていた
「下に行ってなにか持ってこよう。氷枕を作り直して、そういえば冷蔵庫にポカリが冷やしてあっ………徐倫!?」
ガタガタと音が聞こえて花京院が振り返ると徐倫は花京院のTシャツの裾を引っ張ったまま床に転げ落ちて座り込んでいる
慌てて傍にしゃがみ込む 顔を伏していて表情が伺えない徐倫を前に焦る
「ど、どうしたんだい徐倫!?まさかどこか気持ち悪…」
「どこ行くのよ」
不満に満ちた声に遮られて言葉が詰まる
「え?」
つい聞き返すと今度はキッと睨むような視線を向けられる
「どこ行くのよ!」
「じょり、」
「昔から!ママも!ダディーも!どこに行くの!」
ごめんね。一人になるけど大丈夫?
電話くれたらすぐに戻ってくるからな
いつもそう言い聞かされてきた。
大丈夫なはずがない。大人は子供が一人大きな家にいる怖さを知らない。
電話なんてかけれるはずがない。 頑張っている父親に迷惑なんてかけられない
母も父もいなくても大丈夫だった。この人だけは何があってもいると思ったから。
なのに。なのに。必要な時に限ってこの男も、いないのだ。
そうして、いつも決まって「いってらっしゃい」と返す自分も何故か嫌いだった
「徐倫、それはどこに行くのじゃなくて、行かないでじゃあないかな」
言われた言葉に前の男を見つめる。落ち着いた表情で言葉は続く
「一人にしないで、寂しいから、行かないでが正解だと思うよ」
「……」
ふわりと笑った顔を見てただでさえ熱で緩んだ涙腺がとうとう崩壊する。ぼろぼろと涙が出て止まらない。
「どこに行くのよ……」
「どこにも行きません。徐倫がお前なんかいらない。顔も見たくないって言わない限りはね。」
そう言って優しく頭をなでられる。さらに涙が溢れてとうとう前が見えなくなって意志とは裏腹に嗚咽が漏れる
「ひっ…っあぁぁ……」
「いい子だったねぇ……」
「っふぅ、かきょ、いん……」
本当に良かったと思う。この人がいなかったらきっと今も私は一人でじっとしているのだ。
大丈夫、大丈夫と呪いのように自分に言い聞かせて。
ひとり大きな家にいるのが怖くても、この人がいたら楽しくなってしまうのだ
この人が、傍にいるのが恐ろしく安心する
安心して、気が緩んで………
「花京院………」
「ん?」
「吐きそう」
「えっ!?」
急に胃の底からふつふつと不快感が上がってくる
「袋袋!!!あああっないじゃあないか!!ゴミ箱は…いっぱいだし!!あああっもうっ!!」
吹っ切れたように花京院は徐倫を抱き抱えて部屋を出る。向かう先は廊下のつきあたりのトイレだろう。
「もう少しだから!!」
「うっん……あはは……」
なんだかおかしくて吐き気と別に笑いがこみ上げてくる
きっと私は今世界一幸せな患者なのかしら。ダディーが帰ってきたらこの話をしてあげよう。
あぁ、でも 花京院のことは秘密だからうまく濁してしまおう。
承太郎が帰ってくるまで、あと四時間
『おやすみ愛娘』-Fin-
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
元ネタは堀さんと宮村くん
こんなん書いてたら風邪ひきました
体が重くぐったりとこのままベッドに沈みこんでしまいそうだ
回らない頭でもそんなことだけは思ってしまう。
電子音がどこか遠くでなった気がしたが自分一人しかいないこの部屋で鳴る音なんて今咥えている体温計だけだろうと思いいつもより重く感じる腕を使って体温計を頭の上に掲げる
「38°………」
無機質な数字を見てやれやれだわと呟く
夏風邪なんて馬鹿がひくものだとアナスイをからかっていたのはつい一昨日お見舞いに行った時だ。一時間そこらしかいなかったけれど忌々しいことにしっかりもらい受けたみたいだ
絶対次あったら殴るとアナスイへの八つ当たりが決定したところで体温計をベッド横のテーブルに放るように置く
どうしようかと考え込む
今家には自分以外いない。別居している母がいるはずもないし父も今日に限って仕事で遠出している
そして多分あの神出鬼没で自由奔放な幽霊もいないだろう。
「幽霊………花京院…」
最後に彼にあったのはいつだろう。小学校4年の夏休みにひょっこりと顔を出したからもう二年はあっていないな。
幽霊…花京院……幽霊院?
くだらないことを思いついてクスリと笑う。こんなときでもくだらないことは考えてしまう。
ふぅ、と息をついて昔のことを思い出す
昔は風邪をひくたびにいつも家で一人でいた気がする。
母も一緒に暮らしていた時もそういう時に限って用事が出来ていなくなるし、忙しかった父は当然いなかった
いつも母も父も出かける前に私に言い聞かせるようにいうのだ
「ごめんね。一人になるけど大丈夫?」
そんなこと言うなら家にいてくれればいいのにとも思ったけれどしゃがみこんで申し訳ないという顔で私を見上げる顔と、ひんやりと冷たさの伝わる手が気持ち良くてそんなこと言えるわけもない
「大丈夫よ。気にしないで」
そう気丈に振舞ってみる。
「貴方、しっかりしてて、思ってること滅多に言わないからママもパパも甘えちゃってごめんなさいね。」
そんなふうなやりとりを繰り返して最後に私は決まって―
「私は……」
「あ、起きたかい?」
声が聞こえて目線を動かすと男が一人いた
前髪が一房だけ長い、赤茶色をした髪と傷跡の残る優しい瞳――花京院だ
「花京院……」
「久しぶり。承太郎が徐倫のことを気にかけちゃって仕事になってないから僕が来てみたよ」
そう言って大きな唇を歪ませて笑う。小さい時のあのままの顔だ
「熱は?」
「はち…………37」
「はいはい。38°だね」
何となく張った見栄をあっさりと見破られる
「…レディーの嘘に気づかないのも優しさなのよ」
「こんなときに嘘つかれてもねぇ」
クスクスと笑いながら額を触られる ゴツゴツとした、それでも父とはまた違うその手が心地よいひんやりと冷たい感触に目を細める
そのまま移動して髪をサラサラと梳かれる きっと私が寝付くまで、起きてもこうしてくれている。そうおもって何故か落ち着いた。
それでもふと冷たい感触は離れる。見ると花京院はゆるりと立ち上がっていた
「下に行ってなにか持ってこよう。氷枕を作り直して、そういえば冷蔵庫にポカリが冷やしてあっ………徐倫!?」
ガタガタと音が聞こえて花京院が振り返ると徐倫は花京院のTシャツの裾を引っ張ったまま床に転げ落ちて座り込んでいる
慌てて傍にしゃがみ込む 顔を伏していて表情が伺えない徐倫を前に焦る
「ど、どうしたんだい徐倫!?まさかどこか気持ち悪…」
「どこ行くのよ」
不満に満ちた声に遮られて言葉が詰まる
「え?」
つい聞き返すと今度はキッと睨むような視線を向けられる
「どこ行くのよ!」
「じょり、」
「昔から!ママも!ダディーも!どこに行くの!」
ごめんね。一人になるけど大丈夫?
電話くれたらすぐに戻ってくるからな
いつもそう言い聞かされてきた。
大丈夫なはずがない。大人は子供が一人大きな家にいる怖さを知らない。
電話なんてかけれるはずがない。 頑張っている父親に迷惑なんてかけられない
母も父もいなくても大丈夫だった。この人だけは何があってもいると思ったから。
なのに。なのに。必要な時に限ってこの男も、いないのだ。
そうして、いつも決まって「いってらっしゃい」と返す自分も何故か嫌いだった
「徐倫、それはどこに行くのじゃなくて、行かないでじゃあないかな」
言われた言葉に前の男を見つめる。落ち着いた表情で言葉は続く
「一人にしないで、寂しいから、行かないでが正解だと思うよ」
「……」
ふわりと笑った顔を見てただでさえ熱で緩んだ涙腺がとうとう崩壊する。ぼろぼろと涙が出て止まらない。
「どこに行くのよ……」
「どこにも行きません。徐倫がお前なんかいらない。顔も見たくないって言わない限りはね。」
そう言って優しく頭をなでられる。さらに涙が溢れてとうとう前が見えなくなって意志とは裏腹に嗚咽が漏れる
「ひっ…っあぁぁ……」
「いい子だったねぇ……」
「っふぅ、かきょ、いん……」
本当に良かったと思う。この人がいなかったらきっと今も私は一人でじっとしているのだ。
大丈夫、大丈夫と呪いのように自分に言い聞かせて。
ひとり大きな家にいるのが怖くても、この人がいたら楽しくなってしまうのだ
この人が、傍にいるのが恐ろしく安心する
安心して、気が緩んで………
「花京院………」
「ん?」
「吐きそう」
「えっ!?」
急に胃の底からふつふつと不快感が上がってくる
「袋袋!!!あああっないじゃあないか!!ゴミ箱は…いっぱいだし!!あああっもうっ!!」
吹っ切れたように花京院は徐倫を抱き抱えて部屋を出る。向かう先は廊下のつきあたりのトイレだろう。
「もう少しだから!!」
「うっん……あはは……」
なんだかおかしくて吐き気と別に笑いがこみ上げてくる
きっと私は今世界一幸せな患者なのかしら。ダディーが帰ってきたらこの話をしてあげよう。
あぁ、でも 花京院のことは秘密だからうまく濁してしまおう。
承太郎が帰ってくるまで、あと四時間
『おやすみ愛娘』-Fin-
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元ネタは堀さんと宮村くん
こんなん書いてたら風邪ひきました
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