「やぁ、シーザー。君のような美しい人が傍にいてくれたらなんて幸せだろう」
「お前はすぐに飽きてしまうさ」

ジョセフのおどけたように放たれる言葉にさらりと返事をすると案の定拗ねたような顔をされた

「そろそろ折れてくれてもいいんでないの?」
「まさか、冗談がすぎるぜジョジョ」

ここ最近のジョセフはずっとこんな感じだ。
柱の男との戦いを終えて奇跡的に生還した二人は怪我の療養も兼ねて2週間程たった今でもエア・サプレーナ島にいた。
ジョセフが目を覚ました時に看病をしてくれていたスージーQに呼ばれ真っ先に駆けつけたのはシーザーだった。
救助が早かったシーザーは自力で立つことはまだできないものの車椅子で移動のできるくらいには回復していたらしい。
ジョセフに縋りつくような姿勢でよかった、よかったと泣くシーザーは以前より痩せていた

その後リサリサから聞いたことだが、ジョセフに波紋をすべて託してしまったシーザーはもう波紋を使うことは出来ないらしい。リサリサやスージーQの看病のおかげで回復は早かったものの、もう以前のようには戦えないということだ。
シーザーはその事を承知しているという。なんとなくそのことを聞いてみたところ何でもないような顔で返答されてしまった。
ただ、シャボン玉をもう作れないのだと言った時のシーザーの瞳は遠く青い海を見ていた。

そんな頃からだ。ジョセフが惜しみもなくシーザーに愛の言葉を送り始めたのは。

最初は屋敷の中庭に出ていた時だ。暖かい陽の下で気分転換をしているとジョセフがやってきた。
そして何か言いたそうにしているので促した。

「シーザーちゃん俺んとこにお嫁に来れば?」

予想打にしていなかった言葉に目を瞬いた。言葉を理解するのに数秒要した。
そして理解する。これはコイツのお得意の冗談なのだと。
そうと決まれば相手をすることはない。「バカをいうな」と軽く小突いてそのまま屋敷の中にシーザーは戻ってしまった。

それから毎日毎日彼の「冗談」は続いた。
ある日は、率直に好きだと言ってきた
ある日は、シーザーがする様に歯痒いような言葉を並べて聞かせた
ある日は、手を取って熱心に思いを伝えてきた
ある日は、抱き着こうとするので鳩尾に拳をつい叩き込んだ

シーザーがどんなに拒んでもジョセフは諦める事はなく、むしろ最近ではシーザーに愚痴さえ吐き始めた

「こぉ〜んなイケメンがプロポーズしているのよぉ?」
「自分で自分を褒めるなよ。というかふざけてるんだろ。」
「俺は本気なのよぉ?」
ね?と小首を傾げてくるが自分よりも遥かに高い男がしていい仕草ではない。
コップに注がれた水をくるくると揺らす。窓辺の光がさしこんで微かに反射した

「だいたい、前はクソ女だなんだといってたじゃあないか。」
「最初の時はそう思ってたけどよく見たら可愛いし、よくしてくれるし」
「良く見たらってなんだよ」

コップを少し傾ける。ひんやりとした感覚が喉を冷やして消えていく。

「それに、私みたいのよりもっといい子はいるだろう。スージーQなんてお前、ずっと可愛がってたじゃあないか」
ことあるごとにジョセフは「シーザーってば可愛くないなぁ〜スージーみたいにニコニコしてりゃあいいのに」とシーザーに言っていた。その度にジョセフを小突くことはあってもシーザーもそのとおりだと思っていたし、自分よりも彼女を選ぶだろうと思っていた
「それとこれは別だろぉ?吊り橋効果って知ってる?」
「そんな効果が現れる程お前が真剣だったとは思えんなぁ?」
「それに知ってるぜ。シーザーちゃんずっと俺の看病してくれたんでしょ?」
「…」
確かにジョセフの所に出入りして様子を見てはいたが、看病と言われたらそれとはまた違うものだ。
眠るジョセフを見てどうか目を覚ましますようにと手を合わせる程度だ。ただの自分の気休めだった。

「…お前ならもっといい子を捕まえられるだろ。なんだっけ?ちょっと頭が悪くてもかわいくて胸の大きな子だったかな?ん?」
「シーザーちゃんそんなことまだ覚えてたわけ?俺のことしっかり見てんじゃあないのぉ?」
「誰かさんが何かある事に口うるさく言ってくるからなぁ」

彼の好きなタイプを覚えていたのも偶然だ。彼がことある事に自分を馬鹿にするように言ってくるからだとシーザーは理由付けをする。
その事ですこしナイーブになるのも気のせいだと言い聞かせた

「…俺の何がいけない訳?」
急に声を潜めたジョセフに目をやるとソファに腰を下ろしたままじっとこちらを見つめている。
今は外されている義手はテーブルの上に投げ出されている

「…まず、私の体のことだろう。波紋を使えない今、お前の傍にいたところで守ってやれるわけでもない。」
「何言ってんの?」
お前は、とジョセフの言葉を遮ってしまう。
「お前はまだ、その波紋で色んな事を乗り越えて行くだろう。まだ若いし色んなものに気を惹かれて毎日気ままに楽しく生きていくんだろう。それを邪魔したくはないんだよ。私は後ろからついて行くこともしたくない」
「……お前そんなくだらないこと気にしてたのかよ。そんなの問題ないだろうっ!!俺が連れて行ったらいいんだっ!」
「私は!」
声を張り上げるとジョセフが口を紡ぐ。
もう一度声を出すと震えていた
「私は、もっと強くなりたかったんだ。女だからいけないのだと言われないように、お前を守るまでは行かなくても、手助けになるように…でも、もう駄目じゃあないか。波紋も使えない、体力も落ちて……昔の、昔のような、いるのか、いないのか分からないような人間になって…」

溜まった涙が限界を超えて落ちていく。ぽちゃり、と小さな水音を立ててコップの中に波紋を残して消えていく。こんな小さな波紋さえ今では羨ましくて仕方がない

「おじいさんの意志を受け継いで、ここまで勝ち残ったお前を見てるのがどれほど辛いか考えたこともないんだろう?なぁ。」
「……」
「もう、いいだろう。楽しかっただろう?毎日毎日、気に食わない姉弟子に冗談を言ってさ」
「お前っ…!」
弾かれたように立ち上がったジョセフが窓辺に歩み寄る。その気迫につい後ろに退くと鍵のかかっていない窓に肘が触れて空いてしまった。
開ききった窓からは海が見える。今日はとても天気が良い。春の兆しが日に日に増すこの島でも、他の地と同じように花が咲いた。
風に乗ってやってきた潮の匂いと小波の音が静まり返った部屋に響く。
「…」
目の前で立ち止まったジョセフは力の抜けたように座り込んでしまった。

「おい、」
「最初は、リサリサに話を聞いた時だった」
ジョセフが静かに話始めるのを聞いてつい口を閉ざした
「お前が俺に波紋を託したから、お前にはもう波紋の力がないこと。その後お前と話をしてお前の意思を聞いたとき、俺は好きなんだと思った」
何が、と呟くとそれ聞いちゃうの?と苦笑いで顔を上げた

「シーザーちゃんのこと。」

その言葉にうるさい程に心臓が跳ねる。体が熱くなるのが手に取るようにわかる。
「お前の好みは、どうしたんだ」
「俺そこまで頑固じゃあないしぃ?好きになった子がタイプです!みたいなさ」
「なんだよそれ…」
「それに、どんなにタイプがあってもさ、こんなに俺のこと考えてくれる子がいたらそれどころじゃねえって」
コップを持つシーザーの両手を包むように手を重ねてくる。それだけで体に力が入る。こんなのがバレたらいつもの男女構わぬスケコマシはどうしたとバカにされるかもしれないな、と考えてしまう

「やぁ、シーザー。君のような美しい人が傍にいてくれたらなんて幸せだろう」
「お前が傍にいてくれるだけで、私はどれほど満たされるだろう」

「海の色を映したような瞳が俺だけを見てくれたらいいのに」
「エメラルドのようなその目はずっと私を見ていたのか」

シーザーの手からコップを取り上げて窓辺においたジョセフはシーザーにそっと抱き着いた。

「シーザーちゃん、俺んとこにお嫁に来れば?」

頬を伝ってぼろぼろと落ちていく涙はきっと幸せが溢れているのだと都合よく理由をつけて拭うことはしない。ジョセフの肩に鼻をすり寄せて匂いを吸い込む。お日様の匂いとはこれのことだろうかと思った

「……私でよければ、喜んで」





どうぞお気に召すまま


窓辺のグラスが輝いたのは誰も知らない
スポンサードリンク


この広告は一定期間更新がない場合に表示されます。
コンテンツの更新が行われると非表示に戻ります。
また、プレミアムユーザーになると常に非表示になります。