そいつに出会ったのは放課後
クラスで集めた生徒会のアンケートを職員室に届けたときに言われた言葉が事の始まりだ

「あぁ、もう一つお願いがあるの」

トントンとプリントの束を揃えつつ、目線はこちらに向けずに発せられる

「なんですか?」
そう聞き返すと手を止めて見上げてくる。
整った顔と凛とした声で続いたのは

「美術室に行きなさい。」





指先から世界を

「美術室?」
自分は美術部員でもないし、授業で作品を作るなんてここ最近していないから持ち帰るものも無いはずだ
そもそも、今日はほぼ全部活が活動のない日だ。その「全部活」に美術部が入るかすら知らないが

「とにかく、そこにいる人物の手伝いをして欲しいの。きっと彼は行き詰まっているから」

彼 ということは男子生徒だろう。もしくは男性教師のどちらかだ

「いってくれるかしら?」

あぁ、駄目だ 自分はどうもこの人に言われる事を断るというのができない。
真っ直ぐな視線と声に、逆らうという選択肢が弱くなるのだ。
まぁ、断る気なんて更々ないけど

「わかりました。いってきます」

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カツカツと歩を進めるたびに踵の音が廊下に響く
遠くに聞こえるのはグラウンドにいる運動部とそれから校舎の外かもしくは音楽室で練習しているブラスバンド部の演奏の音

美術室は渡り廊下を渡った向こうにある別館の二階にある
特に通うのに不便ということは無いけれど、わざわざ授業や用事以外で行きたくなるような距離じゃない
積もる話 面倒くさいのだ

でも断るに断れないし、何が理由で頼まれたのかも少し気になる。
そんなことを考えていると美術室の前にたどり着く。
引くタイプの扉はピシャリと閉じられていて 人がいるのかわからないくらい静かだった

本当に誰かいるんだろうかと半信半疑になりつつ扉を引く
気を付けてあけたつもりだがガラガラと特有の音が立つ

「失礼しま……」

何となしに発した言葉が思わず詰まる。
そこにいたのは一人の男子生徒だった

授業で使う机は教室の後ろの方に下げられていて、その近くにイーゼルに立てたキャンバス そしてイスに座っている男はこっちを目を見開いて見つめたまま固まっていた。
いきなり入ってきたことに驚いたのだろうと思い 謝罪を述べようかと思っていたとき

「Oh my god…」

と小さく呟いた
え、と思ったときには既に手を握られていた いきなり立ち上がったかと思えばツカツカと歩み寄ってきてガッシリと手を握られた。

「これよ!俺が探してたのはーッ!!」
「え、はぁ?」

いきなり何を言い出すんだこの男は 身長はおそらく190は軽く超えているだろうその男は嬉しそうに興奮気味に言葉を続ける

「いやー!!リサリサもたまにはやるじゃあーねえか!!ハーッ今日まで行き詰まってたのはこの為だったんだなー!!」
「ち、ちょちょちょちょっと待て!!!」

聞きたいことが一気に湧き出てくる
お前は誰だなんの話だというかなぜお前は先生をそんな呼び方してるんだ!!!

「おっ…おい!!待て、なんの話だ 俺は何も聞いちゃいねえぜ!というかお前名前と学年は!!」
「えっあら そうなの?あのヤロー何も言ってねえのかよ。 あ、俺はジョセフ・ジョースター 1年B組 ジョジョって呼んでねン」

ジョセフ・ジョースターという男ージョジョは嬉しそうにブンブンと俺の手を握ったまま上下にブンブンと振っていた

「いやー俺ね、一応こんなでも美術部なんだけどォ コンクールに出す立体作品がどーもイマイチ上手く出来なくて、というか俺人物作るの苦手でよぉ。あ、でもバイクとか船とか細かいの作るのは好きなんだぜ?えっと何だっけ、そうそう、で締切もやばくてモデルやってくれるやつ探してたって訳。で、顧問のリサリサにそれ話したら、良さそうなやつ見つけたら頼んでやるって言ってくれて、それで…えーと」
「シーザー。シーザー・A・ツェペリ 3年だ」
「そう。それでシーザーがこうやって呼ばれてきたわけよ。おーけー?」

早口でそうまくし立てるジョジョの話を大体理解してコクコクと頷く
これで合致が言った。 今日俺が急にここに行くように言われたのはモデルのため、先生を「リサリサ」と呼び捨てするのも まぁ部活でお世話になって親しくなったからという事で良いだろう

「いやーわりぃなぁ。急にこんなこと頼んじまってよぉ」
「え、あぁ まあ」
というか年上には敬語を使え とツッコミたくなるがなんか嬉しそうにピョコピョコと自由奔放にはねてる茶髪を見たらなんというか、どうでもいい
色々が一気にありすぎて疲れた



「じゃあ、時間ねえから早速頼んでいいかな」
「あぁ。」
「じゃあこっち来て」
「え、あっ別に手は引張んなくていいぞおい!」
さっきのまま繋がれた手をグイグイと引っ張って教室の真ん中に連れていかれる

「ちょーっと待ってねん………はい!ここ座って」

そう言って鼻歌混じりに持ってきた椅子に座るようにと言われる
大人しく座る。 しょうがないとわかっていてもスルリと離れた手が名残惜しいのは気のせいだ

「で、俺もここに座る。じゃあ始め」
「ちょっと待て」

ジョジョについ制止を掛けてしまう。 いや、だってこの状況はおかしい。

「ん?何?便所?」
「いや、え、近くね?」

逆にこれで違和感を感じない人間はそういないだろう
俺が座った向かいにジョジョが座る。ここまではいい。問題はここからだ
膝がくっつきそうな距離(ジョジョが足を広げているから閉じたら完璧にぶつかる距離)で座るジョジョ
距離が近すぎる

「は?シーザー何言ってんの 離れてたら触れねえじゃん」
「何に」
「顔に」


- - - - - - - - - -

ジョジョの話によると 立体の造形をするときはまずそのモデルをとにかく観察するところから始まるらしい
肌触りや固さそれから形なんかをとにかく触る
その時は目は閉じてとにかく手にその物を覚えさせるということらしい
とりあえずそこの説明をして欲しかった いきなり触りますなんて驚くじゃないか

「あーまぁそうだよなぁ。いやね?長いことやってると常識になっちまって」
「はぁ……とりあえず次からはそうした方がいいぞ。特に女の子相手とかの時はなおさら」
「おーけぃ!じゃ、始めていい?」
「どうぞ」

半ば投げやりにそういうと嬉しそうにニヤけながら チョット失礼 なんて言いながら目を閉じる
閉じた瞬間からさっきまであったふざけた雰囲気はなくなった

手が伸びてくる

「っ…」

しょうがないとは思っていても無意識に体に力が入る
静かに頬に触られる
ほかの指は添えるようにして親指だけ肌を撫でる
そのままの流れで額へ手が動く 額 瞼 鼻筋 唇 顎を順に形を確かめるように何度が撫でた
そのあとに「ちょっと我慢ね」と言いながら耳に指か行く 耳を親指で細かく触られる それでも気持ち悪いとかそういうのはなかった

「うん いい感じかなぁ。だいたい覚えた」
「すごいな」
「いや、まぁ長いことやってるしねン…あ、もう一回だけいい?」
「ここまでされて断るなんてしない」
「ンフフ」

よくわからない笑い方をしながらもう一度目を閉じて触られたのは髪だった
後頭部から包み込むように触られる

「本当はね、髪までは造らないんだけど、やっぱりイメージは固めたいんだ。その人がどんなに温厚そうでも、髪の毛が硬かったりするとやっぱり造る側からするとそれだけでイメージとか印象は変わるんだ。見る側にはどうでもいいことでも。俺には大事なんだ。その人が表れるから」
「……」
「シーザーは…なんていうの?本当にそのまんまの感じだな。真面目そうな、でもどっか柔らかさというか落ち着くようなフワフワとした。色も綺麗だ。瞳のグリーンにあった金色だ」

素直にペラペラと喋る目の前の男に何も返すことがなかった 恥ずかしさとかそういった物のせいで
骨張った指が髪を梳くようにスルリと抜ける
もう一度髪に指を差し入れて梳く それが何度も続いて 気持ちが良くて落ち着いた

「俺は」
「ん?」
「俺は…ぶっちゃけお前が美術やるなんて冗談だろって最初思った」
「うっわ!失礼!」

笑いながらも手は止めない

「でも、触られてわかったんだけどきっとコイツはすごい物を作るんだな。って思った」

壊れ物を扱うように丁寧にそれでも力強く その手から作り出されるものは全部美しくて素晴らしいんだと思った

「そんなに褒められたのは初めてだなぁ…チョット恥ずかしいな」
「そうなのか?」
「いつも皆 え?美術部なの?なんかガサツそうだからバスケとかやってるのかと思ったーとか言うわけ」
「あはは そんな感じする」
「ウェー…まじ」

いかにも嫌そうな顔をしたジョジョと目があってどちらからともなく笑う

するり、と指が離れていく

「今日は本当にサンキューな。なんとかなる気がするわ」
「そうか……そっちの絵はどうするんだ?」

そう聞きながらキャンバスを指さす 入った時から気になっていたのだ

「ん?あーそれはアイディア浮かぶまでに暇潰しで描いてたのだから、そのうち完成させるつもり」
「そうか……」
「俺はもう少しやってくけど、シーザーはどうすんだ?」

ジョジョの作業を見ていたいような気もしたが、生憎これからアルバイトが入っていたのを思い出す

「あー…バイトなんだ。これから」
「え、シーザーちゃんバイトしてんの?何処で」
「ちゃんて………駅前の喫茶店だよ」

駅前にある小さな喫茶店 よく学校帰りの学生や社会人なんかがやってくる店だ

「ほー あそこか。」
「聞いてどうするんだ?」
「え?いや、今度行こうと思って。今日のお礼に売上に貢献?」

本当は飯でも連れてきたいけどそんなに持ち合わせないのよねン と続ける
そこまで気にしなくていいんだが。会って顔触らせただげじゃないか

「別にいいさ。そこまでしなくて。」
「でも申し訳ないじゃん?」
「そうだなぁ。じゃあひとつ頼んでいいか」
「おう!なんなりと!」

得意げにドンと胸を叩く姿に苦笑いがつい溢れる。ジョジョといると笑うことが増えるなと思ったのは少しあとの話である。

「作品が出来たら見せて欲しいんだ。あと、そっちの絵も」
「え?何、そんなでいいわけ?」
「モデルやるなんて初めてだし、どんなものができるのか気になるんだ」
「ふーん、そんなでいいの」
「あぁ」

なんとなく腑に落ちない。といった顔をしていたがすぐに笑顔になって大きく頷いた

「わかった!出来たら1番に見せる。」
「あぁ、楽しみにしてる」

自然に次にまた会う約束を作っている自分に自分自身が驚いた。会って2時間もしていないのに、こんなに親しくなるのは初めてかもしてない。
友人もいるし、人と接するのが嫌なわけではないけれど、やはり最初のうちは警戒してしまう自分にとっては珍しいことだった

「じゃあ、行くから。頑張れよ」
「おう!ありがとなシーザー!」

手を小さく振ると大きくブンブンと振ってくるジョジョにまた少し笑って扉を開けて廊下をでる。さっきより幾分か廊下がオレンジ色の夕日で照らされている。

下駄箱についてから連絡先も何も交換していないのにどうやってできたことを伝えに来るんだろう。と思ったがなんとでもなるかと思って履いていた上履きをロッカーに詰め込んだ





後にジョジョがシーザーを探して3年生の教室のある棟を走り回ることになるのは1ヶ月先の話である。














『指先から世界を』-Fin-
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